燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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 彼も当然、ディオメデスがマルキアを嫌っていることは知っている。長く仕えている彼は、後妻のマルキアが来てから、屋敷内で不穏な出来事がつづいていることも熟知して、つねにマルキアを警戒していた。
「トアス、後で用を頼まれてくれないか?」
「なんなりとお申し付けください」
 しかし、今はあの男のことは後回しだ。ディオメデスはすぐ戸外に出ると、馬のあぶみに足をかけた。想いは柘榴荘に向かっていた。


「ディオメデス、こんな時間に来るなんて……」
 迎えに出たのはベレニケだった。他の娼婦はまだ休んでいるか、早くに来た客の相手をしているという。日が高いうちから来る客も少数だがいるが、ディオメデスがこの時間帯に来たのは初めてだ。ベレニケは、まるでディオメデスの後ろに太陽神アポロが立っているかのように、眩しげに彼を見上げている。
「リィウスはどうしている?」
 ベレニケの顔が一瞬暗くなったことにディオメデスは気づかなかった。
「……まだ休んでいるけれど。呼ぶ?」
「いや、休んでいるのなら、起きるまで待つ」
 昨夜のことを思い出して、起こすのためらわれた。
「ここで待たせてもらうさ」
 広間の寝椅子に腰かけたディオメデスのそばに、ベレニケが寄り添うようにひざまずく。
「それなら、あたしがお相手しようかしら?」
 冗談めかしてはいるが、言葉にはひそかな熱がこもっている。
「……いや、リィウスが起きたら呼んでくれ」
 ベレニケの唇が、なにか言おうと開いたとき、別の声が広間に響いてきた。
「リィウスは駄目よ」

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