燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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蜜の罠 一

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 そこにいたのはタルペイアだった。
 起きてからそうたっていないせいか、めずらしく化粧はしていないが、髪は梳かしてあるようで、最低限の身づくろいを済ませたところ、というふうだ。黒い袖なしの薄物をはおっただけだが、そんな中途半端なかっこうも、新鮮味があってかえって色っぽい。それを当人も充分意識してディオメデスの前に出てきたのだろう。ベレニケは内心、感心した。
「体調が悪いのか……?」
 思案げな、ディオメデスの気弱な口調にベレニケは目を見張っていた。ディオメデス=エトルクスがこんな喋り方をするとは。
「まぁ、身体は今夜も使えるでしょうけれど、もうお客が決まっていますの」
 取り澄ましたようなタルペイアの言い方。それは、どこか相手をなぶるような意味合いを含んでいて、ベレニケはこれにも目を見張った。いつもなら、上客のディオメデスにはひどく愛想がいいのに……。
「客? 誰だ?」
 ディオメデスの声には怒気がこもっている。
「昨夜の……ウリュクセス様。ご存知かしら?」
 タルペイアが流し目をつくる。
「今更何を言っている。知っているのだろう? 俺たちが覗き見していたことを? ちゃんとその分の金も払ったぞ」
 ほほほほほ……。妖艶な魔女はその黒い目と黒髪で、昼の陽光のなかに薄い闇をつくる。彼女がのぞめば、そこは小さな夜である。
「では、昨夜のこともすべてご覧になったのでしょう? ウリュクセス様は、いたくリィウスをお気に召して、今宵は是非にとお望みなの」
 ディオメデスが真っ赤になって立ち上がった。その気迫にベレニケは一瞬おびえた。
「ふざけたことを言うな! リィウスは俺が水揚げしたんだぞ。そのために幾ら払ったと思っているんだ!」
「まぁ、」
 タルペイアはわざとらしげに手に持っていた孔雀の羽の扇を一振りし、口を覆う。呆れてものも言えない、という意思表示だ。
「それは、そのときのこと。リィウスはあなたに身請けされたわけではありませんからね。お客に望まれ、相当のお金を払ってくだされば、どうしようが、主の私の勝手のはず」
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