燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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 いつもはり手の女将らしく、都の有力者の息子であるディオメデスには親しみと愛嬌をこめて応対していたタルペイアが、今日はひどく彼に刺々とげとげしい。やたら丁寧な言葉づかいも、かえってディオメデスにたいして距離を作ろうとしているかのようだ。
 見ていてベレニケは不審に思いながらも、理由はウリュクセスだろうと見当つける。
 ディオメデスはあくまでも権力者の息子で、たしかに金はある程度持っているが、ウリュクセスはそれ以上の富と、力と、裏の世界に相当の伝手つてを持っているということは、ベレニケも耳にしたことがある。
 つまり、タルペイアは客としてディオメデスよりもウリュクセスを選んだのだ。娼館の主としては当たり前のことか。
 それに……ウリュクセスのことは遠目に見かけたぐらいだが、大物であることはベレニケにもわかる。
 もとはベレニケも世間知らずの娘だったが、さすがに柘榴荘で男たちを相手にしているうちに、観察眼というものが備わっていた。あの男は普通ではない。単に金があるというだけではすまない何かを感じる。そして、男の欲望のはけ口にされてきたベレニケは、ウリュクセスから果てしなく強烈な〝欲〟を感じる。少し恐ろしい。逆らってはいけない男、という気がする。
「だったら、金を払えばいいのだな? 俺がそのウリュクセスという男より払ってやる!」
 いつにない無礼なタルペイアの態度に、年齢よりは大人びて世間を知っていると――自分では思っていても――、所詮しょせん甘やかされた坊ちゃん育ちのディオメデスは、あきらかに気分を害し、なかば自棄やけになったように叫んだ。
(いけない……)
 人知れず、ディオメデスにほのかな恋心を抱いているベレニケは心配になってきた。
「あら、払ってくださるの? それなら……ご相談に応じましょう」
 扇で口元を隠しながらも、タルペイアの目は笑っている。見ようによっては、ディオメデスの機嫌を取ろうと、媚を売っているようにも見えるが、ベレニケは不安になってきた。
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