燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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 以前にも、こんな場面を見たことがある。
 ある客が気に入った娼婦を、別の客が先に指名し、それなら倍払うというその客に対応していたとき、タルペイアはこんな微笑を見せていた。猫が鼠を見つけたときの目。漁師が、網にかかった魚を見るような目。
(いけないわ、ディオメデス)
 ベレニケの内心の声など聞こえるはずもなく、ディオメデスは懐の革袋をさぐっている。
 だがタルペイアの告げた値段は柘榴荘の相場の三倍だった。ベレニケは、耳を疑い、ディオメデスは目を見張った。それも無理もない。売れっ子のリィキンナとサラミスと同時に遊んだ場合より高い値段なのだ。
 ディオメデスの顔色が変わる。
「人の足元を見おって!」
 タルペイアが眉をけわしく寄せて、端を下げる。心外だ、と言わんばかりに。
「だって、ウリュクセス様のお求めを断るのですもの。それ相応のものはいただかないと。嫌ならよろしいのよ。そうだわ、そこのベレニケを代わりに買われては? ベレニケも、けっこう売れっ子よ。それともお気に入りのアスパシアを呼んできましょうか?」
 ベレニケは頬が熱くなった。
 しょせん自分たちは商品であるのだから、そういう扱いや言われようには慣れていたつもりだが、今あらためて、恋しいディオメデスを前に、店先の果実でも売りさばくように言われると、身体をひさぐ娼婦という己の立場が口惜しくてたまらなくなった。タルペイアが憎らしい。だが、もっと憎らしいのは……、
「いや、払うからリィウスの室へ通せ」
 一顧だにせず、ただリィウスを欲しがるディオメデスだった。アスパシアを選ぶのを見ていたときより腹が立つ。
「部屋へ行って、リィウスに客を迎える準備をするように伝えてきなさい」
 でも……。ベレニケは抗議するような口調で告げていた。
「リィウスはまだ寝ているかもしれないわ」
 ディオメデスの顔がこわばったが、タルペイアは艶然と笑った。
「だったら起こしてそう伝えるのよ。支度がすむまで待っていてちょうだい」
 後半の言葉はディオメデスに向けられ、ベレニケには、早く行くようにと扇を振る。タルペイアはどんなに残酷な指示も微笑ほほえみながら口にすることができる。それぐらいの図太さと冷酷さがなければ娼館の女将などというのはつとまらないものかもしれない。
 タルペイアの命令に、ベレニケは頷き、足を動かす。青い目が、露に濡れたように潤んでいるのを二人に気づかれたくなく、急いだ。
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