燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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「そうやって娼婦としてこの柘榴荘で客が金を出して女や男を買いあさるのを見ながら育ったのよ」
 ディオメデスは我慢強く話のつづきを待った。
「ものごころついたときから、来る日も来る日も、男たちが欲望のままに女を求め、金をはらって自由にするのを見つづけてきたのよ。まぐわう大人たちの喘ぎや吐息のを子守歌にして育ってきたようなものよ」
 焦れたが、なんとなく話の核心にたどりつきそうだということが察せられた。
「そうやって、夜毎男と女、ときに男と女、まぁ、まれに女と女の情欲の場面を垣間見かいまみて育ってきた。金を払った客たちは、目当ての相手を払った分の時間だけ自由にできるのよ。そんなやりとりを何百回、何千回と見ているうちに、あの人はいつしか奇妙な趣味を持つようになったのよ」
「趣味?」
 子どものように楽しそうな顔で主の秘めた趣味を語るリキィンナの目から、黒い蜜がしたたりそうだ。
「あの人はね、娼館の主として、自分の手駒である娼婦を使って、ここへ来る男たちに悪戯いたずらをしかけているのよ。うーん、悪戯というより罠かしらね」
 罠……。ディオメデスは小さく息を呑んだ。
「いいえ、罠というより、復讐をしかけているのよ」
 ヌビア女の笑みからは、すさまじい色香が匂う。
「どういうことだ?」
 訊きながらも、自分がすでに答えを知っていることにディオメデスは気づいた。
「金と肉体のやりとりを散々見てきたあの人は、ときに売られた方が強くなる場面も見てきたのよ。金を払った客の方が弱くなることもあるものよ。どんな金持ちでも、娼婦の肉体に溺れて我をうしなってしまうこともあるわ。貴族だろうが、騎士だろうが、こと、この道にはまると人は弱いものよ。王族でも学者でも、計算高いはずの商人でも、金で買った娼婦や男娼に夢中になって理性を忘れてしまった人たちもたくさんいるわ。身上をつぶした御大尽おだいじんもいたわね」
 今のディオメデスには耳痛い話である。
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