燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

文字の大きさ
188 / 360

しおりを挟む
「本当に来たのかもよ」
 リィウスの隣に座っていたサラミスが、目を車外に向けたまま言う。
 空はうっすら茜色になりかけている。この季節、夜のおとずれは遅い。まだ暗くならない世界は、茜色の残光のなかで黄金きん色の平和に満ちていた。
 勿論、どれほどおだやかであっても、もう少し暗くなれば、武器を持った物取りが都の路地をうろつくだろうし、酔っぱらったごろつきが通りがかりの女に無体をしかけたり、大きな屋敷の隅では、奴隷が主人に打たれたりし、あたりに血がながれ、悲鳴がひびきわたるのがローマである。
 それでも、ここしばらくは大きな戦や遠征もなく、皇帝は遠き島で隠遁暮らしとはあっても、元老院たちによってまつりごとはおこなわれ、飢えや暴力に泣く貧民がいたり、権力闘争に負けて追われる高官がいたり、ささやかな悲劇やいさかいは連日連夜くりひろげられていた。ローマはこの時代の、最高最大の、政治、文化、経済、人間のあらゆる営みがおこなわれる大舞台でもあった。
 そして、今宵、神はリィウスにどんな役割をあたえたのか。
 けっして歴史に書き残されることはなくとも、リィウスもこの時代のローマに生を受けたならば、おのれの役を演じぬかねばならなかった。タルペイアや、ベレニケ、サラミスら娼婦たちもだ。
「タルペイア、濡れた下帯を見たんでしょう?」
「まあね」
 サラミスが、どうでもいいことだけれどと、もの憂げに訊くのに、タルペイアも面倒くさそうに答えた。
「布がべっとりと血に濡れていたわね。あれじゃ、無理して出ろとも言えないわ」
 女性の身体にまつわることを赤裸々にしゃべられ、リィウスは今更だが気恥ずかしく、顔をうつむけた。彼女たちにとってはリィウスは朋輩であって、男ではないのだろう。
 ちょうどリィウスと向かいあうようにしてタルペイアの隣に座っているベレニケが口をはさんだ。
「わからないわよ。案外、小鳥の血でも塗ってごまかしたのかも。リキィンナのことだもの」
 タルペイアの眉が動いた。ありえる、と思っていることが知れる。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

少年探偵は恥部を徹底的に調べあげられる

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

カテーテルの使い方

真城詩
BL
短編読みきりです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...