燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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「本当に来たのかもよ」
 リィウスの隣に座っていたサラミスが、目を車外に向けたまま言う。
 空はうっすら茜色になりかけている。この季節、夜のおとずれは遅い。まだ暗くならない世界は、茜色の残光のなかで黄金きん色の平和に満ちていた。
 勿論、どれほどおだやかであっても、もう少し暗くなれば、武器を持った物取りが都の路地をうろつくだろうし、酔っぱらったごろつきが通りがかりの女に無体をしかけたり、大きな屋敷の隅では、奴隷が主人に打たれたりし、あたりに血がながれ、悲鳴がひびきわたるのがローマである。
 それでも、ここしばらくは大きな戦や遠征もなく、皇帝は遠き島で隠遁暮らしとはあっても、元老院たちによってまつりごとはおこなわれ、飢えや暴力に泣く貧民がいたり、権力闘争に負けて追われる高官がいたり、ささやかな悲劇やいさかいは連日連夜くりひろげられていた。ローマはこの時代の、最高最大の、政治、文化、経済、人間のあらゆる営みがおこなわれる大舞台でもあった。
 そして、今宵、神はリィウスにどんな役割をあたえたのか。
 けっして歴史に書き残されることはなくとも、リィウスもこの時代のローマに生を受けたならば、おのれの役を演じぬかねばならなかった。タルペイアや、ベレニケ、サラミスら娼婦たちもだ。
「タルペイア、濡れた下帯を見たんでしょう?」
「まあね」
 サラミスが、どうでもいいことだけれどと、もの憂げに訊くのに、タルペイアも面倒くさそうに答えた。
「布がべっとりと血に濡れていたわね。あれじゃ、無理して出ろとも言えないわ」
 女性の身体にまつわることを赤裸々にしゃべられ、リィウスは今更だが気恥ずかしく、顔をうつむけた。彼女たちにとってはリィウスは朋輩であって、男ではないのだろう。
 ちょうどリィウスと向かいあうようにしてタルペイアの隣に座っているベレニケが口をはさんだ。
「わからないわよ。案外、小鳥の血でも塗ってごまかしたのかも。リキィンナのことだもの」
 タルペイアの眉が動いた。ありえる、と思っていることが知れる。
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