燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

文字の大きさ
210 / 360

しおりを挟む
「今、女イカロスが飛び立ちます!」
 まさか……、という思いがリィウスの胸にわく。 
(まさか、そんな……)
 だが露台バルコニーの手すりの上に立っているのは、やはりサラミスだった。背に、奇妙な物を背負っている。
 それは、伝説のイカロスが空を飛ぶことを願って羽毛をあつめて作った翼に似せて作った物のようだ。
 蝋でつなげた翼は、イカロスが太陽に近づいたため陽光の熱で蠟が溶け、羽毛が散り、イカロスも墜落死したのだ。
 まさか……とリィウスは再び思った。
 サラミスの姿はおぼろげながら見えるが、顔は見えない。どんな表情をしているのだろう。
 彼女の細い影の向こうには例の私兵か、二人の影が見える。男の影はサラミスを突き出すように押す。彼女は抵抗しようとしないが、動きはおぼつかなかった。
「怖くないのかしら?」
 貴婦人が孔雀の羽の扇で口元を隠して、気味悪そうに露台を見上げて呟くのが聞こえる。
「おそらく薬をかがせているんだろうよ」
 連れの男が同じように露台のあたりを見上げながら囁く。
 リィウスはなすすべないまま、ただ見ていることしかできなかった。
(嫌がれ、抗うのだ、サラミス!)
 そう思ったところで詮無せんないことだった。
 夜空から聞こえてきたのは、悲鳴ではなく笑い声だった。笑っているのだ、こんなときに。薬のせいなのか、己の意志で笑っているのかはわからない。
 それは、だが、リィウスが聞いたサラミスの最後の笑い声だった。
 ふらふらと、露台の手すりに立つサラミスは、そこで踊りの動作のような動きをしている。薬の見せる夢のなかで踊っているのかもしれない。恐怖を感じていないことが、唯一の慰めだったろう。
「うまい〝舞〟じゃないか」
 観客のなかには、そこで「女イカロスの舞」は終わるのだと思っていた者も何人かはいたろう。あの高さで、手すりの上でまがりなりにも舞踏の動きをとっただけでも、ひとつの芸である。だが、そこで終わりはしなかった。
 ウリュクセスが召使の一人に目配せをした。
 指示を受けた召使は青銅の銅鑼シンバルを鳴らす。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

少年探偵は恥部を徹底的に調べあげられる

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

カテーテルの使い方

真城詩
BL
短編読みきりです。

身体検査その後

RIKUTO
BL
「身体検査」のその後、結果が公開された。彼はどう感じたのか?

処理中です...