燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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 ウリュクセスがサラミスを指差し、彼の意をくんだ屈強な召使が二人すすみ出てきた。
 一瞬、あたりに冷たい風が吹き抜けた錯覚を、その場にいた全員が感じていた。
 近づいてきたのは、どちらも兵隊経験がありそうな、逞しそうな男である。一人は禿頭で、もう一人は左耳から首にかけて醜い傷跡がある。二人とも生成きなり色の衣の上になめし革でこしらえた簡素な防具を身に着けている。召使というよりウリュクセスの私兵のようだ。
「あ……」
 禿頭の男が、無言でサラミスの腕に手をかける。
「ま、待て!」
 リィウスは思わず叫んでいたが、男たちは一顧だにせず、両側からサラミスの腕をつかむ。
 サラミスは、一度だけ、眉をしかめて苦痛を示し、抵抗をこころみたが、すぐに肩の力を抜いた。その顔には諦めしかない。そして、いつものように笑った。
 けらけらと、あけすけに、いかにも軽薄な女らしく、自分は卑しい好き者だとみずから宣言するように。
「お、おい……!」
 思わずリィウスはサラミスを追いかけようとした。そのリィウスの袖をタルペイアが引く。
「駄目よ、口出ししては」
 タルペイアの顔は心なしか青ざめて薄闇に映える。
「だ、だが……」
「しっ! 黙って。余計な騒ぎを起こしたら、今度はあんたが目をつけられるわよ」
「そんな……」
 目をつけられたらどうなるのか……訊くことはできなかった。
 しばしの静寂のあと、「お待たせしました」という女の声が響く。
「皆様、お次の見せ物は『女イカロスの舞』です。どうぞご覧ください」
 甲高い女の声が、おどけた調子で響きわたる。
 篝火が幾つもあげられ、夜の庭園をほのかに照らし出す。
 物音がして、三階建ての館の一番上の露台にいくつか人影が見えた。観衆はちいさくざわめきながら、影の動きを追う。
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