燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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タルタロスの夢 一

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「ねぇ、もし、私が今日帰ることができなかったら、私の衣や宝石は、あんたとアスパシア、それにコリンナで分けてよ。リィウスは私の衣や宝石なんていらないでしょう?」
「何言っているのよ」
 ベレニケが咎めるような顔になった。
「妙なことを言うんだな」
「あははははははは!」
 リィウスの言葉にサラミスは口をあけて笑った。甲高い笑い声に、リィウスたちのみならず、近くにいた観客たちも驚き視線をよこす。周囲からリィウスたちは浮き立つような形になった。
「なんだか、もうここから生きて出られないような気がするのよ」
 不吉なことを言う。リィウスは眉をしかめた。
 だが、気になるのは、そう思うのに何故笑っているのか。その方が奇妙で、リィウスはサラミスをあらためて不思議なものでも見るような目で凝視していた。
 後になってリィウスは考えてみたのだが、おそらくサラミスはこのとき精神に異常をきたしていたのだろう。 
 もともと、サラミスにはどこか普通でないところがあったが、それは彼女の成育環境にも由来するのだろう。成長してからも娼婦として柘榴荘で身を売りながら、特殊な趣味の客も拒まず、あらゆる痴態をさらし、彼女自身も周囲も、サラミスは生まれながらの娼婦だと思いこんでいた。心から楽しんで娼婦の仕事をしていたのだと。通常の感性を持つ女なら受け入れられないことを平気で楽しんでやっているのだと、誰しも信じきっていた。
 何故なら、彼女はいつも笑っていたからだ。行為の最中のときは苦痛を見せながらも、終われば妖艶かつ淫蕩な笑みを浮かべていた。苦痛ですら彼女にとっては官能の蜜なのだと思っていたのは、笑いながら、悦びを表していたからだ。だから、タルペイアをはじめ、周りは彼女を柘榴荘で一番淫乱な娼婦だと見なしていた。
 だが、彼女の笑みは、あながち真実の感情の表れではなかったのかもしれない。
 肉体を売りつづけ、男たちのいいようにされている生活のなかで、かならずしも彼女自身の魂が悲鳴をあげていなかったとは言えなかったかもしれない。本来の彼女は、感受性ゆたかで、人一倍心の繊細な性質だったのかもしれないのだ。
 それは、すべて全てが終わって、季節が変わり、後にいつしかこの日のことを振り返ったリィウスが、切なく考えたことである。
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