燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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 リィウスは思わず叫んでいた。
 どこが幸せなのだ。
 馬車のなかでサラミスの語った彼女の過去の話が耳によみがえる。
 父や兄、叔父と呼んだ男たちに犯されなぐさみ者にされ、目の前で母を失った幼少期、少女時代、そして売春婦となって来る日も来る日も客たちの性欲処理につかわれた果ての、彼女の短い人生の最後が、この目の前のつぶれた肉の塊だというのなら、いったいサラミスの生涯のどこに幸せがあったというのだろう。
「でも、もうサラミスは苦しんでいないわ。……私も今の今まで気づかなかったけれど、この子は笑いながら男たちに抱かれていたけれど、心の底では飽き飽きしていたのかもしれない……。男にも、自分の人生にも。本当はサラミスは、男が嫌いだったのかも。抱かれることにも疲れてきっていたのかもしれない。もしそうなら、そんな人生からおさらばできたんですもの。今は幸せでしょうよ」
 タルペイアの割り切ったような口調がリィウスをいっそう激昂させた。
「こんな、こんなひどい人生のまま終わってしまうなど……!」
 血を吐くように言葉を吐きだしたリィウスを、タルペイアは冷めた目で見返す。
「……こんな人生まま、というけれど、こんな人生なんて……、こんな悲劇なんてどこにでもあるものよ。ありふれた話でしかないわ」
 言っていることは間違いではない。日々、闘技場では戦士や奴隷たちが血みどろになり、国境では兵士たちが戦い傷つけあい、貴族や金持ちの館では召使たちが些細なことで主の怒りを買い、鞭打たれ肉を裂かれている。流血や弱者の悲鳴は帝国では日常茶飯である。
「あんたは幸せね。そんな甘いことを言っていられるのだから」
「わ、私のどこが……!」
 ふん、と見下すように顔をそらし、タルペイアは厳しい目を向ける。
「あんたの不幸なんて、ありふれたものよ。あんたは柘榴荘で辛い想いをしたと思っているでしょうけれど、あんたの味わった苦痛なんて、私に言わせたらほんの序の口よ。この世には、もっとひどい悲しみや苦しみがあるのよ。あんたはいまだに甘ちゃんね。まぁ、無理もないわね。あんたはまだディオメデスしか知らないのだもの」
 ちがう、と叫びたかった。
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