燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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「あ、ある人……?」
 ウリュクセスが顎を振るようにして示した先には、先ほど甲高い声をあげてサラミスが飛び降りるのを鼓舞した女の姿が見えた。
「その隣に立っている黒いヴェールをまとった女だよ」
 顔は見えないが、背に流れる金の髪が、ここから見ても薄闇に輝いている。身なりや物腰からして貴族階級の女人だろう。妖艶という言葉がぴったりで、どことなく、雰囲気にタルペイアと共通するところがあるのは、彼女もまた堅気の女性ではないからだ。そもそも、まともな女ならこんな宴に出るわけがない。奴隷たちの叫びを聞きながら平然と葡萄酒をすすっている連中である。
「彼女はね、私の客人のなかでは有名人でね。彼女に頼まれると、嫌とはなかなか言えないのだ」
「な、何者なのだ?」
「名はエリニュス。都有数の有力者の妻……、後妻だがね」
 エリニュスとはローマでも知られているギリシャ神話の復讐の女神の名である。本名なのかどうかはわからないが、そんな不吉で恐ろしい女神の名がいかにも似合いそうな雰囲気の女だった。
「彼女はトュラクスに恋をしていてね。幾度か誘いをかけたのだが、向こうは歯牙にもかけない。可愛さあまって、憎さ百倍というのか、男として最大の苦痛と恥辱を与えてほしいと頼まれたのだ」
「そんな、そんな理由で……」
 恋した相手が自分の気持ちに応えてくれなかっというだけで、相手の恋人を誘拐し虜囚にし、死ぬほどの屈辱を与えるなど、リィウスの感性や常識では理解できない行為だ。
 エリニュスという女が、側の召使らしい黒い衣の女から、杯をささげられ、かすかに黒いヴェールをずらした。
 ちらりと見えた顔立ちは、そう若くはないようだが、充分に美しい。
(笑っている……?)
 にんまりと笑っているのがリィウスにも見え、あらためておぞましくなった。
 まさに彼女はエリニュス、復讐と報復の女神だ。かなわなかった恋の恨みを、相手を徹底的に叩きつぶすことで発散させて笑っているのだ。
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