燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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 ナルキッソスがすでにリィウスの身に起こったことを知っていることなど、リィウスは知る由もない。
「まぁ、私もときどきは様子を見に来るわ。次の宴の夜にまた来ることになるでしょうし。ああ、また新しい娼婦を連れてこないとね。頭が痛いわ」 
 タルペイアの呟きなど聞いていられなかった。リィウスは――普通のときなら決してしないが――己の不幸にすっかり落ち込んでしまった。涙をこぼさないでいるだけまだましだ。
 そんなリィウスの様子を見てどう思ったのか、タルペイアが溜息を吐く。
「まぁ、ウリュクセスの相手はせずにすむでしょうけれど、これからは彼の連れてくる客の相手をすることになるわね」
 タルペイアのリィウスを見下ろす目は、さすがに哀れみがこもっていた。
 リィウスは唇を噛みしめていた。柘榴荘にいたときはディオメデスの相手だけですんだが、これからはそうもいかなくなるのだ。
 見知らぬ男たちに抱かれる自分を想像して、リィウスは絶望のあまり叫びたくなる。
「もう少ししたらベレニケを連れて帰るけれど、おまえはこのままここにいるといいわ。もう、おまえは柘榴荘に戻らなくていいのよ」
 柘榴荘を出たい、とは望んでいたが、こんな形で出ることになるとは。獄舎が変わっただけで、リィウスにとっては、なんの慰めにもならない。
 背を向けて去っていくタルペイアに、ついリィウスは縋りたくなったが、できるわけもなく、黙って彼女を見送った。粗造りの木の扉のところで、お別れを告げるようにタルペイアが一度だけ振り返り、出ていく。
 静まりかえった室内で、リィウスはしばし呆然としていた。
 これからはこの屋敷であの恐ろしい男女の慰み者になるのかと思うと、気が遠くなりそうだ。
 身体がひどくだるい。昨夜の心身の疲れはまだ取れていない。取れるときなどないかもしれない。
 リィウスは横になり、もう一度眠りの神ソムヌスの腕に身をゆだねようとした。だが、閉じた瞼に一人の男の横顔が浮かび、身を起こしていた。
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