燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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 さらに足を進めると、天上の石窓からかすかに差す光に、相手の姿がぼんやりうかびあがって見えてきた。
 トュラクスは石壁に背をあずけるようにして座っていた。あたりには寝床がわりなのか藁が敷いてある。無残なことに右足首には鉄輪が嵌められており、いかにも重たげな鎖と重しの鉄球が見える。鉄球の近くに、ひどく汚れた木の椀があり、食べ物の残り滓のようなものが見え、その椀からそう遠くない場所に、汚物用らしき桶が見えて、リィウスは一瞬、嘔吐を覚えた。
 本当に動物扱いなのだ。だが、この時代には珍しいことではない。
 奴隷船で汚物にまみれて半死半生で連れてこられた異国の奴隷たちが、往来で平然と裸に剝かれて検分され競りにかけられるところを幾度か見たこともあるが、こうして間近に見ると、人が人を犬畜生のように扱う様子は、無残きわまりない。どうにか吐き気がおさまると、涙が出そうになった。
 そんなリィウスを見て、逆にトュラクスの方が心配と驚きのこもった声をはなった。
「おまえ……泣いているのか? 目が赤いぞ」
 偶然、天井から降ってきた光がリィウスを照らしたようで、相手が一瞬、息を飲んだ気配がつたわる。
「さ、昨夜は……」
 なんと言うべきか。まったく言葉を用意していなかったことに、リィウスはほぞを噛んだ。
 こんなときには弁論術や修辞学などなんの役にも立たない。
「あの……身体は大丈夫か?」
 やっとのことで口を開けば、そんな愚かなことしか言えない。赤面しつつ、リィウスはさらに相手に近寄る。敵意がないことを悟ったのか、トュラクスが身体から力を抜いたのが感じられた。
 リィウスは緊張しつつ、彼の近くに膝をついた。
 トュラクスは壁にもたれかけていた背を立てるようにしてリィウスをまっすぐ見た。
「おまえの方こそ、身体は大丈夫なのか?」
 訊かれて言葉につまる。どう答えれば良いのか。たしかに辛い。なによりだるい。
「私は、大丈夫だ」
 それだけ言うのが精一杯だ。
 口調が意地を張った子どものようなものになっていたのか、ふふ……、という笑い声が耳に響く。この冥界の一歩手前のような世界に響く男の笑い声は奇跡のようだ。
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