燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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 トュラクスは笑っていた。こんな酷い有様で、昨夜あれほどの侮辱と痛手をこうむった身で、それでも彼は笑顔を浮かべている。並外れた精神力だ。蛮族だから苦痛に強いのだろうか。いや、トュラクスという男はやはり尋常ではないのだ。リィウスは内心、感服した。
 よく見ると、やはりローマの女たちが夢中になって声援をおくっただけあって、整った相貌だ。単に見栄えが良いだけではなく、その黒い双眼には、強い意志と、知的な輝きが秘められていることがわかる。
 ローマやギリシャのような文明文化の光などまったく無いはずの蛮土に生まれそだった男だというのに、まぎれもなく彼は生まれながらに智恵というものを持っているのだ。
 リィウスは胸がしめつけられるほどの哀切感におそわれた。
 たくましく強靭な体躯に、意志と勇気にもめぐまれ、天性の知性すら兼ね備えた美丈夫が、どうして、こんな悲惨な目に合わねばならないのか。リィウスはその理不尽さに、我が身の不幸などすっかり忘れて同情していた。
 何か言ってやりたい。何か、言わねば、と焦りすらわいた。
「その……、その、昨夜のこと、許してくれるか?」
「……?」
 一瞬、意味がわからない、というような表情を見せて、トュラクスは首を振った。
「馬鹿な……! おまえが好きでやったわけではないことはわかるさ」
 低く地下の牢獄に響く男の声は、どんな歌い手もかなわないほどに深みがある。その声を聞いた途端、リィウスはまた涙ぐんでいた。
「……泣くな。あんな奴らのしたことで泣くことはない」
「……うん」 まるで子どものような口調だ。言ってからリィウスは頬を染めた。
 まったく自分は幼児のように他愛がなく、無力になってしまっている。悔しいが、連日連夜受けた仕打ちで、やはり心が弱くなっているのだろうか。そんなことを思っていると、トュラクスがリィウスの細い手をとった。
「白い手だな。おま……あんた貴族だろう? なぜこんなところに来ることになったんだ?」
「い、家が没落して、身を売ったのだ。……それしか他に借金を返す当てがなく。私が身を売らなかったら、弟が男娼にされてしまうから……」
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