燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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 柘榴荘にとらわれ男娼となってからは、ディオメデスに買われ、強制的に関係を強いられたが、当然、そこに愛を感じることなどできないでいた。リィウスにとっては、ディオメデスが自分に向ける異常な執着や激しい欲望は、ときに奇妙な疼きをもたらしはするものの、恐ろしさの方が勝っていた。彼によって引き出された、己自身の欲望も恐ろしかった。
 だがトュラクスは自分を弄んだディオメデスやウリュクセスとは立場が違う。
 同じように強大な力によって捕らわれ、貶められ、いたぶられ、傷ついて座り込んでいる自分たちは、ある意味、同志であり、仲間であった。
 こういった感情は、柘榴荘の女たちには抱いたことがなかった。
「……あんた、何とかして逃げることは出来ないのか?」
 トュラクスの問いにリィウスは目を伏せる。
「それは……」
 無理なのだ。金で買われて縛られている身である。自分が逃げれば弟が代わりに男娼にされてしまう。だから、逃げることなど出来ない、と言うと、
「では、弟を連れて逃げることは無理なのか?」
 リィウスは力なく首を振った。仮に首尾よくここから逃げれて、ナルキッソスと落ち合うことができたとしても、二人でローマから逃げるのは無理だろう。ウリュクセスは闇の世界に絶大な力を持っているというし、タルペイアからも、逃げた男娼娼婦がどれほどひどい制裁を受けるかは、散々聞かされている。
 なにより、契約を交わしておきながらそれを反故ほごにして逃げだすなど、リィウス自身が納得いかない。
「私は、約束したことを守らないといけないのだ」
 トュラクスは不思議な生き物でも見るような目でリィウスを見た。
「……変わっているな、あんた。こんな状況でもそんなことを言っているのか?」
「仕方がないのだ。私はそういう性分なのだから。なんとか弟と逃げれたとしても、己の名誉に賭けて誓ったことを破ったら、その後一生悔やむことになる。仮に身体は自由になれても、私の心は一生牢獄にとらわれることになる。……血が滲んでいる」
「ああ、こんなもの」
 昨夜、散々四つん這いにされたせいだろう、膝にかけているトュラクスの掌に赤いものが浮いているのがリィウスの目に付く。
 リィウスは、我知らず、彼の手をにぎると、そっと甲に接吻していた。
 何故そんなことをしたのか、自分でもわからなかった。
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