燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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月もなき夜 一

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「最近いらだっているわねぇ。何か面白くないことでもあったのかしら?」
 突然、室に立ち入ってきた継母にそう言われ、ディオメデスは不快感をあらわさないように努力した。
「いや、別に」
 儀礼的に葡萄酒をすすめながら、そうは言ったものの、内心では、自分が苛立っていることはよくわかっていた。ここ数日、やたら召使たちにも怒鳴り声をあげている。
 理由はただひとつ。リィウスがいなくなったせいだ。突然、ある日柘榴荘から消えてしまったのだ。
(いったい、どこに行ってしまったのだ……? くそっ、この俺から逃げられると思うなよ)
 ディオメデスだとて裏の世界にまったく伝手つてがないわではない。使えそうな召使に命じて、闇に通じる連中を使って、リィウスの行方を探させてはいるが、いっこうに見つからない。
 タルペイアに幾度訊いてもはぐらかされ、最近では柘榴荘に行っても避けられてばかりだ。他の娼婦たちにも訊いてみたが、誰も行方を知らないという。
(金持ちの客に買われたと聞いたわ。誰って? さぁ、私も知らないのよ。でも、リィウスを買うぐらいだから相当の金持ちなんでしょうね)
 どうにか聞き出した情報はそれぐらいだったが、客とは、あの男のことだろう。
 あの、どこか奇妙な雰囲気を持つ、冷たい青い目をしたギリシャ系の初老の男。ウリュクセス。
 表向きは商人だが、かなり後ろ暗い仕事にも手を出し、巨万の富を手にしているといわれている男だ。タルペイアが自分をさしおいてリィウスを売ったとしたら、彼しかいない。
(今頃、どんな目に合わさされているのか……?)
 それを思うと、いてもたってもいられなくなり、焦燥感に気が狂いそうになる。昨夜、またもリィウスが石馬の上で悶絶する姿を見て、目覚めれば情を放っていた。
 アウルスなどは、もうリィウスのことは諦めろ、と友情から忠告してくるが、諦められるわけがない。
(駄目だ、気がおかしくなりそうだ)
 リィウスの白い肌が他の男に触られていると思うだけで、叫びたくなり、歯軋りしてしまう。
 そんな苛々と落ち着かない様子の継子を見て、仲の悪い義母は笑みをうかべている。
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