燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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 本当に知らなかったの? 今までなにも気づかなかったの、兄さん? 
 亡くなった母はね、場末の売春宿で身を売る娼婦だったのさ。鳩小屋と呼ばれる下層の淫売宿で、下卑た男たち相手に媚を売って、そうこうしているうちに僕を身ごもったんだよ。
 おろさなかったのは、当時、珍しく上客が母についていて、その男の心をつなぎとめるために、母は男の子を産んだんだ。男は、落ち目とはいえ貴族でね、どういう気まぐれか貧民街の売春宿にふらりと立ち寄って母を見初めたそうだよ。まぁ、本当に男の子かどうかは知れないけれどね。母も奴隷として売られたものの、元はそこそこ裕福な商家の娘だったそうで、多少の礼儀や教養は備えていたんだ。
 男は痩せても枯れても貴族だけあって、多少の金はもっていたので、母に小さな家を与えて、そこへ通いつづけた。
 そう。その男が、あんたの父親さ。
 通いつづけているうちに、母はまた子どもをもうけた。今度はまぎれもなく相手の子だと言っていたけどね。
 先に生まれた子は、病弱だったのか成長が遅い。弱い子どもは厄介だ。母は健康を祈願するために長男を神殿に連れていった。
 医術の神であるアポロンやアスクレピオスをまつる神殿には、怪我や病に苦しむ人々が祈りをささげにきており、医師や薬師もよく出入りしていた。
 そこで、母は、偶然知り合ったある医師から、長男の病気の原因を知るんだ。
 それは、致命的な宿痾しゅくあで、どうあっても治せないものだと知り、悲嘆した彼女は、いっそ、その子を殺そうとしたぐらいだ。
 神官が止めていなければ、本当に殺していたろうね。
 神官の説得もあって、母は長男を神殿にあずけた。表向きは神官にするためと言ってね。だが、彼を引き取った神官には、たんなる人助けという理由だけでなく、別の思惑があったのさ。
 父親となる男がさして気に止めなかったのは、人の良い彼も、さすがに最初の子は自分の子かどうか疑っていたんだろうね。二人にとっていい厄介払いだったのさ。
 そして、母は、後に正妻を亡くしたばかりの男の弱さと寂しさにつけこみ、まんまと下の子どもを連れて後妻として男の屋敷に入りこんだのさ。奴隷の身から這い上がって、まがりなりにも貴族の奥方におさまったのだから、たいした幸運だ。まぁ、そこまでは良かった。
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