燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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 裕福な家に生まれたのならともかく、貧しい家に生まれた者はなお悲惨である。たいていは成人するまで生き永らえられないし、運よく大人になるまで生き延びれたとしても、できる仕事は限られている。特殊な技術や才能にでも恵まれないかぎり、金持ちの宴で道化役を演じて、我が身を晒しものにして日銭を稼ぐしかない。
「彼は骨格がもともと細かったのか、歳をとっても、症状が目立たなかったのですよ。だが、それも限界がある。いくら薬草を噛んで声を美しく保とうとしても、滋養強壮の薬を飲んで肌を若々しく見せようとしても、いつか限界がきます。彼にとっては毎日が、いつか自分の秘密が露見するのではないか、という恐怖の日々だったはずです」
 ディオメデスは無言で聞いていた。
「その恐れをごまかすために、いっそう薬や酒や色事に溺れていったのですよ。見た目にはまだそれほど出てないですが、内臓もかなり弱っているはずです。遅かれ早かれ、盛りの薔薇がしおれて虫に喰われるように、外見も枯れていくでしょうよ。すでにその徴候が出ているはずです。枯れた花は、やがては地に落ちて、泥にまみれ、踏みつぶされる。なまじ、美しいだけに不幸ですね」
 と言いつつも、男の顔には憐憫のかけらもない。長年、病人を腐るほど見てきたせいで、感情が麻痺しているのだろうが、元来、共感心や同情心が薄いのかもしれない。
「さすがにそれを聞くと……哀れだな。だが、なぜおまえはそんな話を俺にするのだ?」
「ふふふふ。もう、このあたりで稼ぐのも潮時かと思いましてね。この邸が襲われ、皇帝が殺された……、かどうかはまだわかりませんが、こういう騒ぎが起こるとウリュクセスの運勢も危ないですからね。それでなくともあの人には敵が多い。そいつらが、この機会にウリュクセスを潰そうとするかもしれない。巻き添えはご免ですからね。姉といっしょに、さっさと逃げますよ」
 そう言っている間にも、扉の向こうでは激しい破壊の音が響いている。リィウスが今どうしているのか気になって、ディオメデスはじっとしていられなくなった。
「おや、なんだか焦げ臭い。奴ら、火を放ったのかもしれません」
 もはやここにじっとしてはいられない。
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