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六
しおりを挟む「ま、待ってくれ!」
「うるさいな、僕にかまうなよ」
「そんなつれないことを言うなよ」
息を切らして追いかけてくるメロペをナルキッソス――やはりここではナルキッソスと呼ぼう――は冷たい目で見た。
何が起こったのか、さっぱりわからないが、ひどく危険な状態であることをナルキッソスは理解していた。
人の騒ぐ声が聞こえたかと思ったら、悲鳴や怒声があがり、武器を持った男たちが乱入してきた。最初は彼らは特定の人物を追っていたようだが、やがて誰彼かまわず攻撃してきた。ウリュクセスの雇っている男たちが応戦したが、形勢はなかり不利で、気づいたときにはウリュクセスもエリニュスも、リィウスまでもが見えなくなっていた。
逃げまどう客や使用人にまじってナルキッソスも邸から逃げようとした。本能が、ここにいては危ないと告げるのだ。実際、焦げ臭いにおいがしてきた。
(一刻も早く逃げたいのに、なんで、こいつがついてくるんだ)
忌々しい想いでメロペを睨んだ。いつにもましてメロペの動きは鈍い。
息切れもひどい。若いのに、まるで老人のようだ。彼に与えた蓮の麻薬がきつかったのだろうか。だが、今のナルキッソスは他人のことなどかまっている暇はない。今にかぎらず、いつもナルキッソスは自分が一番の人間なのだ。
(しょうがないよな。……俺には、愛し守ってくれる親というものがいなかったのだから)
だから自分で自分をなにより大切に想い、守らねばならないのだ。
けれども、そう思った瞬間に、リィウスの怜悧な悲しげな瞳が頭に浮かび、胸を小針でちくりと刺された気分に、さすがの彼もなった。もはや二度とリィウスと兄弟には戻れないのだ。
(忘れろ! 忘れてしまえ! どのみちリィウスが愛していたのは俺じゃなく、死んだナルキッソスだったのだ)
まぎれもなく血のつながった弟が死んだと聞かされたときですら、彼はなんの痛痒も感じなかった。そのときもそれどころではなかったのだ。母のたくらみに与し、ナルキッソスの振りをして新たな生活になじむのに必死だったのだ。
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