燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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 思えば、いつだって、それどころではない人生を送ってきた。
 母は死ぬまえに、自分が亡きあとは神殿に戻るようにと言い残したが、とてもあそこへ戻る気などない。第一、自分勝手な理由で連れ出しておいて、用が済んだら戻れなど、あまりに勝手だ。母への反発もあって、意地でもその場にとどまることにした。
 それからは歳月とともに日に日に顕著になっていく肉体の変化をかくすべく、化粧品や肌に良いという薬をもとめ、最近では気の狂うような焦燥感をごまかすために麻薬や酒や性の快楽に溺れるようになった。それらはいっときはたしかに逃げ場所にはなったが、やがてはさらにはげしい焦燥や恐怖をもたらす結果になった。そんな生活に、さすがにナルキッソスも疲れてきた。
(俺もそろそろ終わりかな)
 そんなしおれた考えに支配されてしまうのは、もう、毎日鏡を見て怯える生活に飽き飽きしてきたせいかもしれない。もしくは、リィウスに永遠の別れを告げたせいかもしれない。
 あのおぞましい永訣えいけつの儀式を終えた今、この世に未練はなくなった。逆に、そうしなければ、いつまでも見苦しい生にしがみついていたかもしれない。
 心のどこかで、すべてに区切りをつけたくて、徹底的にリィウスに嫌われことを敢えてしたのかもしれない。リィウスは彼にとって決してはずせない黄金のくびきだった。リィウスがいるかぎり、ナルキッソスはどこにも行けない。だからこそ幻の兄弟としての絆をこっぱみじんに壊したかった。いや、壊さなければならなかったのだ。
(そうだ。これで良かったのだ。……というより、こうするしかなかったのだ)
 焦げ臭いにおいはさらに強くなる。煙が廊下にまで流れてくる。息苦しく、辛い。ここから逃げ出してとしても、また何かに追われる人生が続くのかと思うと、ナルキッソスのなかで答えが出た。
(もう、いいか)
 息を切らして汗みずくになっている醜い男がすぐ背後にいる。
(こいつも道連れにしてやろうか……)
 憎しみや怒りよりも、いっそ同類めいた哀れみの気持ちでそんなことを思っていた。
 ナルキッソスは懐にかくし持っていた短剣に手をのばした。
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