燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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 嫌だ、という権利などない身の上であることは解かっているが、黙っていることもできず、リィウスは訊ねた。
「私の意向は訊かないのか」
「訊く気はない」
 ディオメデスはあっさり言う。傲慢そのものだ。多少、情のある素振りを見せてはみても、やはりディオメデスは変わらない。
 内心、溜息を吐きそうになりながらも、リィウスはそれ以上は反論しなかった。
 すでに弟はいない。命に代えても守ろうとした彼を失った今、家名もなにがなんでも守らねば、と思うほどに大切なものには、もはや思えなくなっていた。
 一夜あけて、リィウスは本当に世の中が変わった気がしてきた。厳密にいえば、世間を見る自分の目が変わってしまったのだ。
 ぽっかりと胸に穴が開いた気分だ。胸のなかにぎっしりと詰まっていたものが粉々にくだけて消えて、空洞になったそこに乾いた風が吹きこんでくる。空しくわびしい。
 だが、それは今のリィウスにとっては奇妙な救いだった。ここしばらく散々味わった屈辱は、当然リィウスの心を傷つけむしばんでいた。ぽっかりと心に穴が開いたおかげで、そのことを考えこんで苦しむ時間が少なくていられるのだ。
 驚愕と身の転変に、感情がやや鈍化しているのかもしれない。それは、今のリィウスにとっては神の恩寵だった。時がたてば、やはり凌辱の痛みに、苦しみおののくようになるだろうが、今はすこし精神に余裕がある。リィウスは諦めたように、背後のディオメデスの熱にかすかに身をゆだねた。

「良かったわ、無事に帰ってきてくれて」
 とりあえず、二人を見てタルペイアは安堵の顔を見せた。
 言ってやりたいことはある。訊きたいこともある。だが、今はディオメデスは止めておいた。彼女の機嫌をすこしでも良くして交渉をうまくすすめたい。
「おまえも無事で何よりだ」
 リィウスは今は別室で休ませており、ディオメデスは奥室で彼女と対峙していた。
「本当に……。ウリュクセスはどうなったかのしら?」
 さあな……、と素っ気なく答えておいた。この女はマルキアとも通じているのだ。少なくとも、接触はしている。どれほど深い関係かは知らないが、油断はできない。
「ねぇ……皇帝が亡くなったという噂は本当なのかしら?」
「誰から聞いたのだ?」
 ディオメデスは本当に驚いた。すでに噂になっているという。
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