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九
しおりを挟む「いいか、コリンナ、いや、ネステル、うまくやるのだぞ」
「はい、ご主人様」
新しい主人の命令は、ある男の気を引け、ということだった。だが、コリンナは不安だった。そんなことが自分にできるだろうか。
もはや、自分が咲き初めの薔薇のように可憐だったコリンナではないことは重々承知している。
今の自分を昔の知り合いが見ても、誰も柘榴荘の少女娼婦コリンナだとはわからないだろう。そもそも、自分は少女ではなかったのだ。
ネステル。それが今の自分の名だ。
美しい銀糸の縫い取りのあるチュニックをまとっている自分が、なぜかコリンナであったネステルには、たまらなく悲しいものに思える。だが、そんな愁いは、このたのしい春の夜に見せてはいけない。新皇帝の即位を祝う、めでたい夜なのだ。
「いいか、新皇帝は好色で気まぐれだ。うまく取り入れば、儂にとってもおまえにとっても幸せなことになるのだぞ」
「わかります」
宴の席で、ネステルは余興に踊りを見せることになっている。
小さかった身体は、今では見違えるほどに大きくなった。声もすっかり変わり、赤かった髪は黒ずんでしまった。醜いものだと思うが、主に言わせれば、それはそれで美しいのだそうだ。
「自信を持て。おまえは美しい。きっと新皇帝はおまえに目をつけるぞ。カリギュラは女も好きだが、それ以上に男が好きなのだ。おまえなら、どちらでも皇帝を喜ばせてやることができる」
主の灰色の目が好色そうに濁って光る。
ネステルは頷いた。どのみち金で買われた身だ。男や女の気を引き、色を売る宿命からは逃れられないのだ。
新皇帝をとりかこんで、豪華な花の輪のように貴族たちが笑いさんざめいている。皆、新しい皇帝が作り出すであろう新しい時代に期待しているのだ。
若き皇帝が、新たに祝宴の場にやってきた美貌の男に目を向けた。皇帝の黒い目は好奇と興味にきらめいている。
どうやら、自分は彼の好みに合うらしい。とりあえずネステルはほっとした。
笑みを浮かべて、玉座の前に進み出て、跪く。
ネステルを見下ろし、皇帝は笑っていた。楽しい夜になりそうだ、というふうに。
ネステルもあらためて微笑を返した。皇帝の機嫌が良いのを見て貴族たちも笑った。貴婦人や令嬢たちも、小鳥の鳴き声のような笑い声を色大理石の床の上に響かせる。それは本当に楽しく賑やかな宴だった。
ネステルはじめ、このとき誰もまだ知らなかった。この新しい君主が切り開く御代が、どんなものなのか。
終わり
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初めてコメントさせて頂きます。完結おめでとうございます。長期の作品で毎日の更新お疲れ様でした。リィウスが今後どうなるのか気になり、毎日楽しみにしていましたので少し寂しい気が致しますが、また次回作を期待したいと思います。
(無理なさらず、少しゆっくりしてくださいね)
ちなみに一番好きな作品は『煉獄の歌』です。勇さん推しです。
にこまる様
貴重なご感想、ありがとうございます。
一人でも二人でも読んでくださる方がいると思うと、たいへん励みになります。
「ローマ」も「煉獄」もそうですが、私の書く作品はBLにしても、けっして一般受けするものでないことを自覚のうえで書いているので、こうしてコメントいただけますと、本当にうれしいです。
次作がいつになるかはわかりませんが、マイペースで書きつづけていこうと思っています。機会があれば、また覗いてください。
文月沙織
十が連続投稿になっております。
では更新楽しみにしてます(*´ω`*)
応援してます
も、申し訳ありません💦
反応がないので、数回押して、そうなってしまいました。そのときは気づかず、後日気づいてあわててなおしました。
ありがとうございます。
最後までお付きあいください。
初めて感想書いてます。
更新楽しみに読んでます^_^
他の作品も全部読みました。
身体だけのBLじゃなくて 感情の極限と言うか 自分ならどこまで耐えられるかと 想像しながら読んでます(^ ^)
一番好きなのは 白椿なんですが2回目読んでる途中で読めなくなって残念でした(T_T)
今作も期待してます(〃ω〃)
紅羽様
ご感想、ありがとうございます。嬉しいです。
「燃ゆるローマ」は、少しずつ書きながら更新していますので、時間がかかると思いますが、できましたら最後までお付き合いください。
「白椿」は電子書籍化されていますので、「秘夜の白椿」で検索していただきますと、電子書籍ストア(アマゾンなど)で購入できます。サイト掲載時よりかなり加筆修正していますので、あらためて読んでいただいてもお楽しみいただけると思います。
文月沙織