サファヴィア秘話 ー闇に咲く花ー

文月 沙織

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魔女神の采配 三

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「は、はなせ」
 ラオシンは青ざめていたが、それでもまだまだ気概に燃え、猛々しい心を充分のこしていることにマーメイは頼もしさすら感じた。
 ジャハンに気づくと、ありったけの憎悪を込めて、睨みつける。
「殿下はご機嫌うるわしゅうないようで。ひっ、ひっ、ひっ」
 ラオシンはジャハンの土気色の顔がぶきみにくずれて笑いをこぼすのに、侮蔑の視線を投げつける。たぎる黒瞳こくとうには憎悪がみなぎっている。
「聞いたところでは、殿下、踊りの才能もおありのようで」
 ラオシンの頬が赤らんだ。
 つい先ほどのこの広間で強制された破廉恥な自分のすがたを思い出していたたまれないのだろう。
「昔からなんでも器用にこなされる方だったが。武芸といい、勉学といい、歌といい、詩といい、いや、殿下の多才ぶりには頭が下がりますなぁ」
 しらじらしくそんなことを言いながら、ジャハンはラオシンの腰布のあいだに指を差しこむ。
「なにをする!」
 逆上していっそう逆らおうとするラオシンを、ディリオスとドドが二人がかりでおさえこみ、ラオシンは絨毯のうえに膝をつかされた。王族にとってこれは屈辱だろう。
「殿下が暴れられるからですよ」
 ディリオスがなだめるように言うと、調子にのったようにジャハンが笑う。
「さよう、さよう。殿下、これからはもう少し心を入れ替えてもらうことになりますぞ。あんまり殿下が聞き分けないようなので、主と相談しまして、殿下に罰をあたえる許可をいただいてまいりました」
「貴様―!」
 怒りと憎悪がラオシンに異常なまでの力をあたえた。ディリオスが一瞬たじろぐほどに、ラオシンが激しく身をよじり、ジャハンの鼻先まで身体が近づいたほどだ。
「おおっと」
 ジャハンの笑みがこわばる。
「こ、これだけ私を辱しめておいて、まだ足りないというのか!」
「ほれ、そうやって吼えたててくるであろう? それがいかんというのですよ。その傲慢さをなおすために、殿下を打つ許可をいただきました」
「な、なんだと?」
 言いつのりながらもラオシンの顔は青ざめる。
 暴力のもたらす痛みよりも、王子の自分が身分低い者たちに打擲されるというのが信じられないのだ。
 この数日、徹底して心身ともにいたぶられながらも、まだラオシンは直接打たれるという経験をしていない。
 それはさすがに王子という身分を尊重して控えているのだと、幾度もマーメイが口にしてきたが、今その身分にたいする最後の砦も突きくずされようとしている。
「そ、そんなことゆるされん!」
「ひっ、ひっ、ひっ! 殿下がそうおっしゃても、なんの意味もございませんよ。まぁ、それでもさすがに貴い血の流れるお身体のことで、鞭や棒はいっさい使うなというご命令でございます。身体に跡をのこすことはなく、打つのは日に多くとも五回まで、と。やはり主は殿下を案じていらっしゃるのでございますよ。王族同士のうるわしい絆でございますなぁ」
 怒りのあまり口もきけないでいるラオシンを横目に、マーメイは内心で確認してみた。
(日に最低十回は吐情させ、一回は泣かせる。そして五回は打つ。覚えておかないとね)
「ふ、ふざけるな!」
「はい。ふざけておりませぬ。聞き分けなさそうなので、身をもって知っていただきましょうかな」
 ジャハンの細い目の奥から、ねとりと黒い欲望が垂れながれる。その毒気に室じゅうが満たされるようで、マーメイのみならず、ドドもリリも頬を上気させている。ディリオスのみ、いつもと変わらない顔だ。
「おまえたち、殿下の尻を儂の方に向かせい」
 ラオシンの顔色が変わった。死ぬほど抗うが、屈強な男二人におさえこまれ、ジャハンの言うようにされてしまう。
「は、はなせ! さわるな、下郎ども!」
「おいたはいけませんぞ、殿下。尻をあげさせろ」
 ジャハンは細い目をいっそう細め、目のまえに突き出されるかたちになったラオシンの細い腰を、獲物を前にした蛇のような目で見ている。今にもその乾いた唇から赤い舌がちろちろと伸びてきそうだ。
「少し痩せられたかな、殿下」
 言いつつ、白絹のうえから枯れ枝のような手でラオシンの双臀そうでんを撫でまわす。
「ああ、よせ、はなせ!」
「おお、かわゆい、かわゆい」
「くぅー!」
 ラオシンの床に伏せられた顔はあまりの恥辱にどす黒くさえ見える。
 しばらくラオシンの抗いを楽しんでから、ジャハンはおもむろに彼の下肢を守っていた腰布をたくしあげ、片方の手で張りのあるラオシンの太腿を撫であげる。
「ああ!」
 昼なお薄暗い室に、ラオシンの淡い鳶色の腰があらわになっていく。
 ラオシンは男たちに抑えつけられ、絨毯のうえに這いつくばるような姿勢をとらされ、突き上げた臀部でんぶを憎悪する宦官に鑑賞されるという恥辱に、震えがとまらないでいる。
 だがその歪む瞳に光るのは絶望よりも哀しみよりも、怒りである。これほどに辱しめられても彼の気骨は消えないのだ。マーメイはいっそ感心した。
「ぐひひひひっ」
「ああ、ど、どけ、はなれろ!」
 ラオシンの、日にさらすことのないその辺りは、他の部分とちがって色が薄く、東方からはこばれてくる最高級の布地の色、木蘭色もくらんじきにも似て、しばし凝視しているジャハンをとまどわせるほどに蠱惑こわく的だ。
 これほど美しい男の身体というのは、マーメイも見たことがない。
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