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魔計 四
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ひとしきり女たちは夜の庭で舞うと、足取りをゆるめてもどってきた。マーメイの頬は赤くなっており、額ぎわには汗が浮かんでいる。
「では、殿下、そろそろ行きましょうか? ドド、殿下の両腕を縛っておいて」
「ど、どこへ行くんだ?」
腕を縛られるよりその言葉が気になって、ラオシンはどもりながら訊いた。
「ふふふふ。着いてからのお楽しみ。アリシャ、おまえの衣を貸してちょうだい」
アリシャは月の光に酔ったように、どこかぼんやりとした薄茶色の目でマーメイを見、言われたとおりに地面に脱ぎ捨てていた紅い布をよろよろとひろって差し出す。
「さ、殿下、これをまとって」
女ものの衣を頭からかぶせられ、ラオシンはますます不安になった。だが、ディリオスとドドに引きずられるようにして連れて行かれる。この館に監禁されてから初めて門を出、馬に乗せられた。馬は二頭あり、黒い馬にはディリオスとマーメイが乗り、もう一頭の茶色の毛の馬にはドドとラオシンが乗る。
「殿下、暴れないで下さいよ。落ちて頭でも打ったら大変だ」
背後からドドに言われても返す言葉もなく、ただラオシンは不吉な予感におそわれながら、深夜の通りを縛られて女の衣をまとった姿で駆け抜けた。
どれぐらい時間がたったころか、月に灯された風景は林のなかだった。
菩提樹の樹が、闇夜に化け物のように手をひろげて出迎えているようで、ラオシンはドドに馬から下ろされながら尻込みしそうになった。
「ああ、久しぶりに馬に乗るとやっぱり気持ちいいわね」
マーメイは呑気にそんなことを言いながら白い衣で頭からすっぽり自分をつつみこんでいる。娼婦というよりも巫女のようだが、その本性は魔女であることを知っているラオシンはひたすら次の言葉が恐ろしかった。
「ドド、殿下をそこに立たせなさい」
悪い夢のなかをさまよっている心持ちだが、踏みしめた土のかたさが、これが現実だということを痛いほどラオシンに教えてくれる。
菩提樹のまえに立たされたラオシンをマーメイは黒曜石の瞳で舐めあげるように見る。
「殿下、最近すっかり色っぽくなったわねぇ。見違えるようだわ。でもね……」
そこでマーメイは言葉を切って、ラオシンの恐怖をあおる。
「まだまだ殿下は気位が高くて、傲慢さがなおらないわねぇ」
「……」
「お客様に気に入ってもらうためには、その傲慢なところをなおさないとね」
「……」
ラオシンはひたすら唇を噛みしめて魔女の言葉に耐えるつもりだったが、やはり生来の誇りたかい気性はおさえきれず、完全に不利で危険なこの状況で、抗弁してしまうのだ。
「あ、あれだけ私を辱しめてまだ足りないというのか? おまえたち、自由を奪った相手を傷つけて楽しいのか?」
マーメイの目は罠にかかった若鹿を見るように光る。
「ふふふふ……。そこよ、その生意気なところをなおさせないと。ドド、木に縛りつけなさい」
「へい」
ドドは喜びいさんで用意していた革袋から荒縄をとりだす。
ラオシンは怒りをこめてドドとマーメイを睨みつけたが、すでに縛られている腕にあらたに縄をつなげられ、木に縛りつけられてしまう。
「夜明けまで、まだあるわねぇ」
空を眺めながらマーメイはわざとらしく呟く。
「殿下、ここがどこだかご存知?」
言われてみてラオシンは急に気になった。どこかで見たような気はするが。
「あら、まだ気づかないの? ここは宮殿の裏側、王族専門の馬場ちかくよ」
ラオシンの全身から血がひいた。
「あら、顔色が変わったわねぇ。どう、懐かしい? 殿下も馬場ではよく走られたのでしょう?」
ガチガチと恐怖に歯を鳴らすラオシンを見るマーメイの目は、人の情というものを完全に捨てていた。
「さらに嬉しくなることを教えてあげる。今日は王宮の守護兵たちが特別に馬場で訓練をするらしいわよ。もうすぐ、この辺りを王宮の兵たちが何人か通でしょうね。なかには殿下の知っている顔もあるかもよ」
「や、やめてくれ!」
「ほほほほ。顔見知りの兵隊たちに会うための下準備をしておかないとね。ドド、道具をお出し」
ラオシンは叫んでいた。
「な、なにをする気だ!」
「では、殿下、そろそろ行きましょうか? ドド、殿下の両腕を縛っておいて」
「ど、どこへ行くんだ?」
腕を縛られるよりその言葉が気になって、ラオシンはどもりながら訊いた。
「ふふふふ。着いてからのお楽しみ。アリシャ、おまえの衣を貸してちょうだい」
アリシャは月の光に酔ったように、どこかぼんやりとした薄茶色の目でマーメイを見、言われたとおりに地面に脱ぎ捨てていた紅い布をよろよろとひろって差し出す。
「さ、殿下、これをまとって」
女ものの衣を頭からかぶせられ、ラオシンはますます不安になった。だが、ディリオスとドドに引きずられるようにして連れて行かれる。この館に監禁されてから初めて門を出、馬に乗せられた。馬は二頭あり、黒い馬にはディリオスとマーメイが乗り、もう一頭の茶色の毛の馬にはドドとラオシンが乗る。
「殿下、暴れないで下さいよ。落ちて頭でも打ったら大変だ」
背後からドドに言われても返す言葉もなく、ただラオシンは不吉な予感におそわれながら、深夜の通りを縛られて女の衣をまとった姿で駆け抜けた。
どれぐらい時間がたったころか、月に灯された風景は林のなかだった。
菩提樹の樹が、闇夜に化け物のように手をひろげて出迎えているようで、ラオシンはドドに馬から下ろされながら尻込みしそうになった。
「ああ、久しぶりに馬に乗るとやっぱり気持ちいいわね」
マーメイは呑気にそんなことを言いながら白い衣で頭からすっぽり自分をつつみこんでいる。娼婦というよりも巫女のようだが、その本性は魔女であることを知っているラオシンはひたすら次の言葉が恐ろしかった。
「ドド、殿下をそこに立たせなさい」
悪い夢のなかをさまよっている心持ちだが、踏みしめた土のかたさが、これが現実だということを痛いほどラオシンに教えてくれる。
菩提樹のまえに立たされたラオシンをマーメイは黒曜石の瞳で舐めあげるように見る。
「殿下、最近すっかり色っぽくなったわねぇ。見違えるようだわ。でもね……」
そこでマーメイは言葉を切って、ラオシンの恐怖をあおる。
「まだまだ殿下は気位が高くて、傲慢さがなおらないわねぇ」
「……」
「お客様に気に入ってもらうためには、その傲慢なところをなおさないとね」
「……」
ラオシンはひたすら唇を噛みしめて魔女の言葉に耐えるつもりだったが、やはり生来の誇りたかい気性はおさえきれず、完全に不利で危険なこの状況で、抗弁してしまうのだ。
「あ、あれだけ私を辱しめてまだ足りないというのか? おまえたち、自由を奪った相手を傷つけて楽しいのか?」
マーメイの目は罠にかかった若鹿を見るように光る。
「ふふふふ……。そこよ、その生意気なところをなおさせないと。ドド、木に縛りつけなさい」
「へい」
ドドは喜びいさんで用意していた革袋から荒縄をとりだす。
ラオシンは怒りをこめてドドとマーメイを睨みつけたが、すでに縛られている腕にあらたに縄をつなげられ、木に縛りつけられてしまう。
「夜明けまで、まだあるわねぇ」
空を眺めながらマーメイはわざとらしく呟く。
「殿下、ここがどこだかご存知?」
言われてみてラオシンは急に気になった。どこかで見たような気はするが。
「あら、まだ気づかないの? ここは宮殿の裏側、王族専門の馬場ちかくよ」
ラオシンの全身から血がひいた。
「あら、顔色が変わったわねぇ。どう、懐かしい? 殿下も馬場ではよく走られたのでしょう?」
ガチガチと恐怖に歯を鳴らすラオシンを見るマーメイの目は、人の情というものを完全に捨てていた。
「さらに嬉しくなることを教えてあげる。今日は王宮の守護兵たちが特別に馬場で訓練をするらしいわよ。もうすぐ、この辺りを王宮の兵たちが何人か通でしょうね。なかには殿下の知っている顔もあるかもよ」
「や、やめてくれ!」
「ほほほほ。顔見知りの兵隊たちに会うための下準備をしておかないとね。ドド、道具をお出し」
ラオシンは叫んでいた。
「な、なにをする気だ!」
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