サファヴィア秘話 ー闇に咲く花ー

文月 沙織

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狂宴の果て 二

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 装飾品は床に落ちて、一瞬、また場の雰囲気が変わった。悪戯な妖精が残忍な魔女に化けたように、リリの手つきも乱暴になる。
 上半身がむきだしになったラオシンに観客は熱い声をおくる。
「金貨五十」
 先ほどの最高値から競りは始まった。
「六十」
「六十五」
「七十」
 どんどん値はつりあがっていく。そのあいだもラオシンとリリは身体をくねらせあい、絶妙な動きで見る者たちの興奮をあおる。
 ときどきリリが薄布をひっぱたり、持ち上げたりしてラオシンを困らせ、それがまた観客たちの胸を疼かせる。これほど蠱惑こわく的な生き物を今宵自分の臥所ふしどに持ち帰れるなら、という想いに駆られた男たちが挙手をつづける。
「七十」
「八十」
 そうして百までいき、そこで終わるかと思うと、音楽が変わった。
 さらにゆったりとした、遅い音律が室をうめつくす。まるで、お客様、もう少しご覧になってようく考えてください、とそう伝えているようだ。
 リリがいきなりラオシンの髪をひっぱる。
(な、何をする!)
 抗うような仕草をするラオシンの髪をリリはひっぱり、上半身をかたむけさせる。観客たちが興味津々で見ていると、そこへ館の女主のマーメイがゆったりとした足取りで白い羅の裾をゆらしながら中央へ歩いていく。
「おおー」
 新たな演じ手の登場に客はわいた。
 ラオシンは魔術にでもかかったように、二人にされるがままになってしまっている。
 上半身をリリにおさえこまれ、腰を突き出すようにされ、その臀部にマーメイの手が伸びる。
「ふふふふふ」
 マーメイはわざとらしく声をあげて笑うと、またわざとらしく自分の長い右手を光のもとに見せびらかし、その手をラオシンの尻の中心にもっていく。
(あ、ああ!)
 細い指で、ラオシンから垂れている銀の飾りものの先をひっぱった。
(ひぃっ!)
 嫌がって首をふるラオシン。それを抑えこむリリ。観客は唾をのんで待つ。
 反対側に座っており良く見ることができない客はいらだって席を立ち、ラオシンの顔や身体の変化が良く見える場所へと押しかける。客たちがしばし揉み合い、それが落ち着いた頃をみはからって、マーメイはつまんでいたものをさらに引く。
(あっ! ああっ! あああっ!)
 ラオシンが小さく悲鳴をあげたのと、体内の異物が光のもとに引き出されたのはほとんど同時だった。
 観客の歓声が天井にとどろいた。
 装飾をほどこした緑青ろくしょうの天井では、黄土色おうどいろで描かれた男の顔の人面獅子スフィンクスと女の顔の人面鳥ハーピィーがたわむれている。
 そう、この広間は天井も床も、当代有数のたくみたちに描かれた獣と人がまじりあった異形の妖獣たちでうめつくされているのだ。
 この室に入った者は、貴族であれ武人であれ学者であれ、聖職者であれ、ふだんはどれほど謹厳で節制深く、人徳や知識を備えたとみなされる人でも半分は獣になってしまうのだ。
 屈辱にむせび泣くラオシンにまた客たちは興奮する。
 中腰になって震える淡い鳶色の身体は熱を帯びて輝き、下肢にまといつく薄布は汗でしめって身体にはりついている。さらにその下に見える両脚は、細身ではあっても若々しく張りつめて男性らしさもなくしてはいない。客たちをたまらなくさせるのは、そのしなやかな脚にからみつく婦人用の白絹の足布だ。
 かすかに見えるラオシンの麗しい顔と、どこか気品ある物腰に、客たちは彼がそれなりの良家の出であることを悟っていた。そういう出自の人間が売られることもままある。その生まれ血筋ただしそうな青年が、眉をしかめ、女物の下着を――おそらくは本人の意に反して――無理にまとわされて、このような痴態を強制され悶えている様子がなんともいえず色っぽく、なまめかしく、加虐欲をそそがれずにはいられないのだ。
 しかもまだ彼の前方では黄金色の鈴が揺れている。そのささやかな音色はすさまじい音の媚薬となって男たちの鼓膜にしみこむ。
 この美しい奴隷を自分のものにできるのなら、全財産なげだしても惜しくない――そう思った男は一人や二人ではなかったろう。
「金貨、百!」
 一気に値が上がった。
「二百!」
「二百五十!」
「三百!」
 終わることなく声はつづく。
「四百!」
「四百五十!」
「五百!」
 さすがに場は沈黙した。
 ここで終わるか――誰もがそう思ったとき、マーメイがラオシンの尻を打った。
「うっ!」
 呻き声をあげて悔し気に歯ぎしりするラオシン。その顔には、風前のともしびとなっていた彼の誇りがまだまだ健在であることが表れており、また客がざわめいた。
 加虐趣味のある男にとって、気位をうしなわない美貌の奴隷というのは絶品なのだろう。もしラオシンが誇りも自尊心も完全になくして本当に身も心も陰間か色子のように従順になってしまっていたら、ここまで場は盛り上がらなかったかもしれない。
 この生意気そうな美青年を完全屈服させてやりたい。そんな欲求を引き出された男たちがさらに手をあげ声を出そうとした、まさにそのとき、集まっていた客たちから離れた場所で、今までに一度も聞こえなかった声があがった。
「金貨千枚」

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