サファヴィア秘話 ―月下の虜囚―

文月 沙織

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闇に願う 一

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 サイラスは憂鬱そうに顔をしかめると、褥のうえで寝がえりをうつ。その様をダリクは石床に敷いた豹の毛皮のうえに座りこんで眺めていた。
 
 屈辱に泣きじゃくるサイラスの身を清めさせ、どうにか自室となるこの室に連れ戻したのだが、サイラスは寝台に横たわるや、何も言わず、傷ついた獣が洞穴で身をちぢめるように毛布にくるまり、以来一言も発さない。
 
 もともと無口だし、この状況でダリクと親しく言葉を交わすほうが不自然なのだから仕方ないが、ダリクは物足りないような、寂しいような心持でサイラスの細い背を見つめた。

「ん……んん」

「どうした?」
 気をひかれて顔をのぞくと、ひどく苦しげに吐息をはく。

「痛いのか?」
 ダリクがついそう問いかけたのは、無意識にだろうが、サイラスが細い手を己の下半身にあてがっているからだ。

「……でも、ない……」

 つぶやく声にますます気を引かれてダリクは問わずにいられない。
「なんだ? どうした?」

 世話係としては、見過ごすことはできないと自分を説得し、サイラスの身体を軽くゆすってみて、ダリクは絶句した。
「ど、どうしたのだ、これは?」

 白い褥に、紅薔薇が咲いたかのような赤い染みがあるのだ。
 ダリクが咄嗟に思いついたのは、先ほどの行為で身体の内部に傷ができたのかということだ。だが、サイラスはダリクの腕を鬱陶しげに払った。

「なんでもない。時々、こうなるのだ……。すぐおさまる」
 そう言う口調も疲れているようだが、たしかに、こういったことに慣れている響きがある。

(ああ……そうか)
 ダリクは合点した。月のものがきたのだ。
 思えばサイラスは半分、女人でもあるのだから、あってもおかしくない。

「痛く……ないか? その、処置とか、大丈夫なのか?」
 そういったときには、布切れをつめるものだということは聞いたことがある。それに、近所の年配の女がそれに効く薬草がないかと隣家の老女に訊ねていたのを耳にしたことがある。

「待っていろ」
 ダリクは音をたてないように室を出ると、廊下をすすんで厨房へ向かった。そのあいだも、俺は世話係なのだから、これも仕事のうちだ、と妙に自分に言い訳しながら。

 

 この時刻は無人だろうと思っていた厨房には人がおり、長卓のうえで蝋燭が一本、ほのかな明かりで闇と闘っていた。一瞬、ダリクはぎょっとして足をとめた。
 
 そこにいたのはサーリィーだったが、彼女は座ってなにやら祈っていたようで、蝋燭の灯りに照らされた彼女の顔はひどく恐ろし気に見えたのだ。ふと、マーメイやリリとは別の意味でこの女も魔女なのではないだろうかとダリクはやくたいもないことを考えてしまう。
「あの……」
 
 サーリィーはダリクに気づいて、顔をあげた。

「じゃ、邪魔して、すまん」
 ダリクは月のものの処置につかう布切れと、薬湯がないかサーリィーに訊ねてみた。ひどくばつの悪い想いで、先ほどから幾度となく己にした、自分はサイラスの世話係だから、という言い分を付け足して。

(そういえば、この娘は喋れなかったのだな)

 そうダリクが思い出したまさにその瞬間、サーリィーが声を出した。
「布切れなら少し用意があるわ。あと、いい薬草があるからそれで茶を淹れてあげる」
 
 ダリクが目を見張ったのは、サーリィーがしゃべれたことよりも、その声がひどくしゃがれた老女のもののようなことだ。

「他の連中のまえでは、喋れないことにしているの。黙っていてね」

 ああ……、とダリクは頷いたが理由を訊かなかったことが、かえってサーリィーの警戒心をといたらしい。

「いろいろ事情があるのよ。私は喋れないことになっているからこそ生きていられるのよ。でなければ、他の娘のように異国の商人に売り飛ばされてしまうか、それか……殺されてしまうわ。それこそ……ドドたちのように……」
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