サファヴィア秘話 ―月下の虜囚―

文月 沙織

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闇に願う 二

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 意味は解らないが、剣呑けんのんなものを感じる。ダリクは好奇心をおさえきれなくなった。
「その声は……、病気でもしたのか?」
 
 サーリィーの切れ長の目尻が光った。
「水銀を飲まされたのよ。秘密を守るためにね。娼館での秘密。よそに知られては困ることを黙っておくためにね」

 サーリィーはかまどに火をおこし、湯を沸かしながらつぶやいた。火に照らされたその顔は、先ほど蝋燭に照らされた顔のように恐ろし気に見える。この娘はなにやらかなり激しい恨みを胸に抱いているようだ。

(もっとも、こういう所で働いていて恨みを抱えていない人間の方が珍しいだろうな)
 ダリクはそれ以上訊かず、湯が沸くのを待った。そんなあっさりとした態度がまたかえってサーリィーの気を引くようで、サーリィーはがらがら声であらたに呟いた。

「あんた、あんまりお貴族様に深入りしない方がいいわよ」
「……」
「ああいう人たちは、いくら辱しめられても、貶められても、やっぱり雲の上の人よ。少しばかり仲良くなっても、好きになっても、けっきょく置いていかれるのは、私たち庶民なんだから」
「……」

 サーリィーは炎を見つめたまま喋った。
「なんで、あいつらが私をあの人と交わらせたと思う? 知っているでしょう? 私が身分卑しい娼婦だからよ。私みたいなのに無理やりされることで、いっそう惨めさを味合わせるためよ。いってみれば、私は……、私たちは、娼館でいう〝道具〟と一緒なのよ」
 それはダリク自身も自覚していることだ。

「いくらあんたが気遣ってやって、こうやって夜明けまえにいろいろ働いてやっても、向こうは感謝ひとつせず、当たりまえのように思っているだけよ。なぜかって? 生まれながらの貴人とはそういうものだからよ」

 それもダリクが日々感じていることである。苦笑して頷いた。
「まぁ……そうだな」
 それでもダリクはサーリィーが用意してくれた布切れを懐に入れ、薬湯の杯がのった盆を手に、来たとき同様長い廊下をすすんでサイラスの室にもどった。



「サイラス、薬湯をもらってきたぞ。これを飲むと楽になる」
 サイラスはぼんやりと寝台のうえに身を起こすと、ダリクを不思議なものでも見るように、こんなときでもやはり美しいエメラルドの瞳でダリクを見つめた。
 どうしたものかと一瞬迷う顔をみせたが、おぼつかない手つきで銅の杯を受けとると、薬湯をすすった。その仕草は幼げで、ダリクの胸をしめつける。

(しっかりしろ、ダリク=ドバス。相手はマーリアの仇だぞ)  
 ダリクは湧いてくる甘酸っぱい想いを振り切るように、ぶっきらぼうな手つきで、懐から取り出した布切れを手渡した。サイラスは薄闇に頬を染めつつ、それを受け取る。

「これぐらいで足りるか? 足りなければまたもらってくるぞ」

「……平気だ。……毎月あるものでもない。時々……あるのだ」

 半陰陽の身体のふしぎな摂理を想って、ダリクはなんとも微妙な心持ちになってきた。思えば思うほど、目のまえのこの麗人の運命が数奇なものに思えてくる。
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