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満月と三日月 九
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イルビアはますます顔を青くして、脱げそうな薄布をたくしあげて、どうにか男たちの視線から身体を守ろうとした。
「あ、ああ、ドルディス、助けて、助けてちょうだい!」
舞台にあらたにのぼってきたのは顔なじみのドルディスである。彼が救いに来てくれたのだと思ったイルビアはドルディスに泣きついた。
「殿下、今しばしの御辛抱ですよ。もう少しだけ我慢してください」
「な、何言っているの? おまえ、私を助けに来てくれたのではないの?」
ドルディスは王女の折れそうなほどに細い手を握りしめると、悲し気に首をふった。その様子は、すべて客たちには芝居の一部と思われたろう。
「もう少しです。もう、今にも殿下の救出に仲間が来ます。それまで死んだ気になって耐えぬいてください」
イルビアは、まだ真実に気づかなかった。
「あ、ああ、無理よ、もう無理、助けて」
「さ、ここへ。縛りますよ」
「いや、待って、待って」
卑劣なドルディスは、最後までこの哀れな亡国の誇りたかき王女に、希望という名の蜜を与え、救済の夢を見続けさせながら、地獄のどん底に落とそうという腹なのだ。
「大丈夫です。これが終われば、仲間の兵が殿下を助けにまいります」
ドルディスとジャハギルは王女をX字の形の磔板にしばりつけてしまう。
「あ、いや、こんな!」
イルビアは胸をおさえていた両手を左右にとられ、広げた形で縛りつけられる。はらり、と薄衣が胸あたりで割れて、引きちぎられた花のようにくずれるが、落ち切るることはなくイルビアの身体を守るようにからみつき、この拷問を思わせる悲惨な光景に一抹の官能美をあたえ、観客たちを唸らせる。
さらに自分が何をされるか悟ったイルビアはかぼそい悲鳴をあげた。
「いや、いやよ、こんな! こんな……!」
「おだまり!」
マーメイの言葉の鞭がイルビアの震える身体を打擲する。
「皆様、この生意気な娘は、元王女という身分を鼻にかけて客を見下しているのでございます。お客様を満足させようとしない罰として、ここで、お仕置きをあたえてやりますわ」
客たちの歓声と嘲笑が広間にうずまき、イルビアは失神しそうになった。がくがくと震える足は、それでも娘の本能によって、ぴったりとくっつけられていたが、そこへ左右から手が伸びる。
イルビアは己のされていることが信じられなかった。
「あ、いやぁ!」
左右から伸びてきたジャハギルとドルディスの手が、イルビアの品の良い足首をそれぞれとらえる。
そして、細めの荒縄が両足首にかけられる。イルビアは、今から自分が何をされるか完全に悟り、悲鳴をあげた。
「そんな、そんな、やめて、ああ! やめてちょうだい! 後生です、そんなことしないで!」
イルビアは半狂乱になって喚いた。もはや王女の誇りも気位も吹きとんで、必死に下層の男たちに向かって懇願していた。だが男たちの手は止まることなく、イルビアの白い足首を縄で縛りつけてしまう。
「ああ、お願いよ、ドルディス、やめて、やめてちょうだい!」
面識のない、見るからに不気味な様子のジャハギルよりも、どうしても旧知のドルディスに、イルビアは裏切られていることも騙されていることも知らず、強く訴えてしまう。
「へへへ。いい恰好ですね、王女殿下。もう少し、もう少しのご辛抱ですよ」
「ああ!」
イルビアは絶望のあまり嗚咽した。こんな目に合わされてしまえば、もはやとてもサイラスの妻になることなどできない。
「どう?」
マーメイの問いにジャハギルが得意気に笑う。
「準備完了よ」
無情にも、縄はしっかりと柔肌に喰いこむほどに強くイルビアの足首に巻きつけられた。
「さ、行くわよ。王女様、お覚悟はいい? 引っぱるわよ」
ジャハギルは言うや、向かい側で同じように足首をしばった縄先をたぐっているドルディスに目配せをおくる。二人の手が、同時に動いた。
「ああああ!」
磔板に背をそらせて王女は悲鳴をあげた。
小鳥が翼を引き裂かれるような無残な音が広間にひびいたのと同時に、十七の少女の下肢は獣のような男たちによって衆人環視のなかで大開きにされた。
おおおおー!
客たちは歓声をあげた。数少ない女客たちも嬌声をあげ、給仕の娼婦や男娼たちですら一瞬、仕事の手を休めて壇上の少女のあられもない姿を凝視した。
イルビア王女は苦しい体勢で、首をよじり、必死に顔をそむけた。とめどなく涙が流れて床に落ちる。波打つ金髪がヴェール代わりとなって王女の頬に垂れてくるのが救いだったが、それもマーメイの手によって無理やり頭を押し上げられ、己を目で犯し嬲る観客たちへと否応なしに顔を向けさせられる。
イルビアの胸はつぶれていた。
(ああ……もう……駄目ぇ……)
「あ、ああ、ドルディス、助けて、助けてちょうだい!」
舞台にあらたにのぼってきたのは顔なじみのドルディスである。彼が救いに来てくれたのだと思ったイルビアはドルディスに泣きついた。
「殿下、今しばしの御辛抱ですよ。もう少しだけ我慢してください」
「な、何言っているの? おまえ、私を助けに来てくれたのではないの?」
ドルディスは王女の折れそうなほどに細い手を握りしめると、悲し気に首をふった。その様子は、すべて客たちには芝居の一部と思われたろう。
「もう少しです。もう、今にも殿下の救出に仲間が来ます。それまで死んだ気になって耐えぬいてください」
イルビアは、まだ真実に気づかなかった。
「あ、ああ、無理よ、もう無理、助けて」
「さ、ここへ。縛りますよ」
「いや、待って、待って」
卑劣なドルディスは、最後までこの哀れな亡国の誇りたかき王女に、希望という名の蜜を与え、救済の夢を見続けさせながら、地獄のどん底に落とそうという腹なのだ。
「大丈夫です。これが終われば、仲間の兵が殿下を助けにまいります」
ドルディスとジャハギルは王女をX字の形の磔板にしばりつけてしまう。
「あ、いや、こんな!」
イルビアは胸をおさえていた両手を左右にとられ、広げた形で縛りつけられる。はらり、と薄衣が胸あたりで割れて、引きちぎられた花のようにくずれるが、落ち切るることはなくイルビアの身体を守るようにからみつき、この拷問を思わせる悲惨な光景に一抹の官能美をあたえ、観客たちを唸らせる。
さらに自分が何をされるか悟ったイルビアはかぼそい悲鳴をあげた。
「いや、いやよ、こんな! こんな……!」
「おだまり!」
マーメイの言葉の鞭がイルビアの震える身体を打擲する。
「皆様、この生意気な娘は、元王女という身分を鼻にかけて客を見下しているのでございます。お客様を満足させようとしない罰として、ここで、お仕置きをあたえてやりますわ」
客たちの歓声と嘲笑が広間にうずまき、イルビアは失神しそうになった。がくがくと震える足は、それでも娘の本能によって、ぴったりとくっつけられていたが、そこへ左右から手が伸びる。
イルビアは己のされていることが信じられなかった。
「あ、いやぁ!」
左右から伸びてきたジャハギルとドルディスの手が、イルビアの品の良い足首をそれぞれとらえる。
そして、細めの荒縄が両足首にかけられる。イルビアは、今から自分が何をされるか完全に悟り、悲鳴をあげた。
「そんな、そんな、やめて、ああ! やめてちょうだい! 後生です、そんなことしないで!」
イルビアは半狂乱になって喚いた。もはや王女の誇りも気位も吹きとんで、必死に下層の男たちに向かって懇願していた。だが男たちの手は止まることなく、イルビアの白い足首を縄で縛りつけてしまう。
「ああ、お願いよ、ドルディス、やめて、やめてちょうだい!」
面識のない、見るからに不気味な様子のジャハギルよりも、どうしても旧知のドルディスに、イルビアは裏切られていることも騙されていることも知らず、強く訴えてしまう。
「へへへ。いい恰好ですね、王女殿下。もう少し、もう少しのご辛抱ですよ」
「ああ!」
イルビアは絶望のあまり嗚咽した。こんな目に合わされてしまえば、もはやとてもサイラスの妻になることなどできない。
「どう?」
マーメイの問いにジャハギルが得意気に笑う。
「準備完了よ」
無情にも、縄はしっかりと柔肌に喰いこむほどに強くイルビアの足首に巻きつけられた。
「さ、行くわよ。王女様、お覚悟はいい? 引っぱるわよ」
ジャハギルは言うや、向かい側で同じように足首をしばった縄先をたぐっているドルディスに目配せをおくる。二人の手が、同時に動いた。
「ああああ!」
磔板に背をそらせて王女は悲鳴をあげた。
小鳥が翼を引き裂かれるような無残な音が広間にひびいたのと同時に、十七の少女の下肢は獣のような男たちによって衆人環視のなかで大開きにされた。
おおおおー!
客たちは歓声をあげた。数少ない女客たちも嬌声をあげ、給仕の娼婦や男娼たちですら一瞬、仕事の手を休めて壇上の少女のあられもない姿を凝視した。
イルビア王女は苦しい体勢で、首をよじり、必死に顔をそむけた。とめどなく涙が流れて床に落ちる。波打つ金髪がヴェール代わりとなって王女の頬に垂れてくるのが救いだったが、それもマーメイの手によって無理やり頭を押し上げられ、己を目で犯し嬲る観客たちへと否応なしに顔を向けさせられる。
イルビアの胸はつぶれていた。
(ああ……もう……駄目ぇ……)
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