昭和幻想鬼譚

文月 沙織

文字の大きさ
2 / 190

午後の夢 一

しおりを挟む
「望様、今日はあまり遠出はなさらないでくださいね」
 家庭教師の授業を終え、ちょうど散歩に出かけようとしていた相馬望そうまのぞみは、女中頭のみやこにそう言われて、顔をしかめていた。
 庭の躑躅が午後の日差しのなか、きれいに咲いていて、風も心地良さげな日である。昼食後にすこし歩きたくなったのだ。庭からそのまま森へ出ると、一時間や二時間は別荘に戻らない。
「今日は叔父様がいらっしゃる日でございますからね」
 都は、その名のとおり京都の生まれ育ちで、色白にほっそりとした、いかにも京女という嫋々とした風情だが、ものを言うときは揺るがぬ強さがある。
 暗い廊下を背にして立っていると、ひさし髪にしている頭から、衣紋を抜いてあけられた首筋、襟足までと見える肌は、嘘のようにほの白く見えて、とうてい六十になろうとは思えない。
 親の代から出入りしている商人が、「ここの女中頭さんは、いつもお若いですね」と感心したように言うのは、けっしてお世辞ではない。
 たまに都といっしょに百貨店などへ買い物に出かけると、知らない人からは、親子とまちがわれぐらいならまだしも、姉弟と思われたこともあったぐらいだ。
「叔父様たちが帰ってくるのは、夕方ぐらいだろう? 電報があったじゃないか?」
 玄関の引き戸に手をかけたたまま、望はそう口早に告げた。早く散歩に行きたく、不満そうな顔になっていたろう。
いさむ様は気まぐれですからね。ひょっとすると、昨日は東京のお屋敷にもどらず、横浜からそのままこちらへ来られるかもしれませんわ。あの方には、型破りなところがおありでございますからね」
 勇というのは、父のすぐ下の弟である。最後にあったのは、望が小等部に入る前だったから、もう十年ちかく会っていないことになる。当時すでに陸軍少尉の位についており、仕事と趣味を兼ねて大陸に行ってしまっていた。今は中尉に昇進したと手紙で知らされている。
ひとしさんも帰っていらっしゃるのかな?」
 望の声はうわずっていたかもしれない。
「ええ。仁様もご一緒にお帰りだそうでございます」


※衣紋をぬく=襟の後ろを拳一つ分あけること
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

隣の親父

むちむちボディ
BL
隣に住んでいる中年親父との出来事です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

身体検査その後

RIKUTO
BL
「身体検査」のその後、結果が公開された。彼はどう感じたのか?

処理中です...