昭和幻想鬼譚

文月 沙織

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遥かな闇から 三

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 望はむかし、都によく寝物語に昔話を聞かせてもらっていたときの心持ちになって、次の言葉を待った。
「……大陸でのお勤めの期間が終わるころ、ああいう事件を起こしてしまったのだそうで」
 二人は、心中しようとしたというのだ。
 これはすべて、望の父である忠から聞いた話で、忠もまた勇や任地の仁の同僚から聞いた話なので、どこまでが事実かはわからない、と都は前置きして語った。

 いつものように仁様とお相手の人はお部屋に入られたようですわ。
 その日は約束の時間が過ぎても二人とも出てこなかったようですが、そういうことはままあることで――あとから延長した時間分を払ってもらえばすむことなので、店の人間はだれも不審にも思わず、室をおとずれるような野暮な真似もしなかったのだそうで。
 翌日の朝になると、さすがに店主も心配になったそうです。今まで仁様がこれほど長く居続けるなどということは、なかったことですし、いかにも几帳面そうなあのお客が、翌日も仕事があるだろうに、娼家に入り浸るなどということがおかしい。
 そう思って、やっとこさ室をおとずれ、声をかけてみましたが、返事がない。いよいよ店主は不審に思い、恐る恐る扉をあけたそうです。
 屏風の向こう、壁際の寝台のうえでは二人がぐったりとして横たわっております。
 非礼とは思いつつ、近づいて声をかけると……、
 店主は悲鳴をあげたそうですわ。
 仁様の方は血の気の引いたお顔でしずかに仰向けになって横たわっておりますが、隣で寝ている女の方は、口から血を吐いて……すでに死相が出ていたそうです。かなり苦しんだらしく、美しかった顔がひどくゆがんでいたとか。
 ……奇妙なことに、仁様は上着こそ脱いで屏風にかけていたものの、そのほかは着衣のままで軍靴も履いたままだったそうですが、女の方は全裸だったとか。
 仁様は幸い意識を失っていただけで、呼ばれた医者がいろいろ手を尽くすと、どうにか息を吹き返されたのですが、女の方はすでにとっくに手遅れでした。
 仁様は、そのあと店主の連絡を受け、飛んできた勇様や同僚の方にいろいろ訊かれても、覚えていないの一点張りだったそうでございます。
 おそらくは、相手の女性による無理心中だったのではないかと。
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