昭和幻想鬼譚

文月 沙織

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時分の花 六

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 言ってから望は舌を噛む。もっと気の利いたことを言えない自分が悔しい。
「くくくくく。まさに餅肌だな。食ってみたらさぞ美味いだろうな」
 勇の揶揄は香寺と望両方に向けられたものだった。
 望は照れながらも、ゆっくりと香寺の背を後ろから抱きしめる。
 ずっとこうしたかったのだ。
 香寺は往生際おうじょうぎわわるく、不自由な態勢で抗いつづける。
「は、はなしてくれ、望君! だめだ、は、はなせっ、」
「いやです。はなしません」
 自分でも驚くような言葉が口から自然に出る。
「ずっと、こうしたかった」 
 香寺の背に頬ずりしながら、望はほとんど夢見心地だった。
「や、やめろ、いけない! き、君は仁さんが好きなのだろう?」
 香寺がそのことに気づいていたことに、望は目を見張った。
 自分の想いは見透かされていたのかと思うと、動揺し、動揺した自分に腹が立つ。動揺させた香寺にも怒りがわいてしまう。
「好きな人がいるのなら……こんなことはしてはいけない」
 香寺の声は切なさすら含んでいた。
「仁さんも好きですけれど、先生のことも好きですよ」
 それは確かに真実だった。
 仁への九割の想いとはべつに、香寺にも一割の想いはある――と云えば、失礼だとはわかっているが、今の望はそんな傲慢なことを平然と考えていた。
「だ、駄目だ、本当に好きな人がいるなら、こんなことはしてはいけない」
 今さら教師づらする香寺が小面こづら憎らしいような、いじらしいような、複雑な気持ちが望をまた苛立たせる。
「世のなかには、妻や恋人がいるのに女を買う男なんてごまんといるではないですか? ご存じでしょう? 父に妾がいることを。それも二人も。妻子がいても、外に愛人を囲って楽しんでいる男なんて数え切れないぐらいいますよ」
 外に囲うどころか、家のなかに囲う男たちもごろごろいた時代である。香寺のように考える男の方がめずらしい。
 香寺の青臭さが、またいじらしくなって、望は香寺を抱く腕に力をこめた。
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