2 / 23
花の宿 二
しおりを挟む
それは有名な実業家でもあった彼の父が、美術絵画の蒐集家であり、莫大な財力をもって洋の東西を問わず古今の絵画を買いあつめ、画家や美術商にもかなり影響力を持った人物であったからだろう。
(いいか、とにかく怒らせないようにしろよ。月島先生に嫌われたらこの世界ではやっていけないからな)
気にいられなかった編集者や、新人の画家は容赦なく美術界から放逐されたという。
豊円に会うのは今回がまだ二度目である。光則は内心緊張しながら、頭を上げ、あらためて月島豊円をという人を見た。
髪には白いものがまじっているが、顔はひきしまっており、肌にはまだ艶がある。仙斉茶の着物に身をつつんだ身体を座敷用の背もたれにまかせてくつろぐ姿は粋な感じもする。仙斉茶の色は、古くは年配の女性が好んだというが、男にも似合っている。
一般人の海外旅行などできないこの時代に、欧州に長期滞在をしたというだけあって、西洋文化に親しんだ人らしく洗練された雰囲気があり、かつ往古の江戸の風情もにおわせている類まれな人である。
嘘か本当か母親の血筋に西洋の血が混じっているともいわれており、風貌もどこか日本人ばなれしている。女性に人気があるのも納得いく。歳はそろそろ六十に近いというが、じゅうぶん壮健そうである。
(だが、怒ると怖い。油断するなよ。親切にしてもらっても、誤解して甘えるなよ)
そう言った編集長の真摯な目が頭によぎる。
実際、豊円の勘気をこうむって辞職に追い詰められた若い編集者もいたという。
「先生今月の特別号『日本美人』の特集はどうでしょうか?」
「ああ、良かったよ。上村松園や鏑木清方も良かったが……、菊池先生が亡くなられたのが残念だねぇ」
有名な画家、菊池契月が亡くなったのはちょうど先月のことだった。雑誌には菊池契月の絵も一点使っており、はからずも話題性がたかまり雑誌の売れ行きは良好である。
「……やはり夢二には独特の雰囲気があるね」
「はい」
光則も竹久夢二の描く女性画は好きである。
(いいか、とにかく怒らせないようにしろよ。月島先生に嫌われたらこの世界ではやっていけないからな)
気にいられなかった編集者や、新人の画家は容赦なく美術界から放逐されたという。
豊円に会うのは今回がまだ二度目である。光則は内心緊張しながら、頭を上げ、あらためて月島豊円をという人を見た。
髪には白いものがまじっているが、顔はひきしまっており、肌にはまだ艶がある。仙斉茶の着物に身をつつんだ身体を座敷用の背もたれにまかせてくつろぐ姿は粋な感じもする。仙斉茶の色は、古くは年配の女性が好んだというが、男にも似合っている。
一般人の海外旅行などできないこの時代に、欧州に長期滞在をしたというだけあって、西洋文化に親しんだ人らしく洗練された雰囲気があり、かつ往古の江戸の風情もにおわせている類まれな人である。
嘘か本当か母親の血筋に西洋の血が混じっているともいわれており、風貌もどこか日本人ばなれしている。女性に人気があるのも納得いく。歳はそろそろ六十に近いというが、じゅうぶん壮健そうである。
(だが、怒ると怖い。油断するなよ。親切にしてもらっても、誤解して甘えるなよ)
そう言った編集長の真摯な目が頭によぎる。
実際、豊円の勘気をこうむって辞職に追い詰められた若い編集者もいたという。
「先生今月の特別号『日本美人』の特集はどうでしょうか?」
「ああ、良かったよ。上村松園や鏑木清方も良かったが……、菊池先生が亡くなられたのが残念だねぇ」
有名な画家、菊池契月が亡くなったのはちょうど先月のことだった。雑誌には菊池契月の絵も一点使っており、はからずも話題性がたかまり雑誌の売れ行きは良好である。
「……やはり夢二には独特の雰囲気があるね」
「はい」
光則も竹久夢二の描く女性画は好きである。
10
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる