艶夢百景

文月 沙織

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花の宿 二

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 それは有名な実業家でもあった彼の父が、美術絵画の蒐集家であり、莫大な財力をもって洋の東西を問わず古今の絵画を買いあつめ、画家や美術商にもかなり影響力を持った人物であったからだろう。
(いいか、とにかく怒らせないようにしろよ。月島先生に嫌われたらこの世界ではやっていけないからな)
 気にいられなかった編集者や、新人の画家は容赦なく美術界から放逐されたという。
 豊円に会うのは今回がまだ二度目である。光則は内心緊張しながら、頭を上げ、あらためて月島豊円をという人を見た。
 髪には白いものがまじっているが、顔はひきしまっており、肌にはまだ艶がある。仙斉茶せんさいちゃの着物に身をつつんだ身体を座敷用の背もたれにまかせてくつろぐ姿は粋な感じもする。仙斉茶の色は、古くは年配の女性が好んだというが、男にも似合っている。
 一般人の海外旅行などできないこの時代に、欧州に長期滞在をしたというだけあって、西洋文化に親しんだ人らしく洗練された雰囲気があり、かつ往古の江戸の風情もにおわせている類まれな人である。
 嘘か本当か母親の血筋に西洋の血が混じっているともいわれており、風貌もどこか日本人ばなれしている。女性に人気があるのも納得いく。歳はそろそろ六十に近いというが、じゅうぶん壮健そうである。
(だが、怒ると怖い。油断するなよ。親切にしてもらっても、誤解して甘えるなよ)
 そう言った編集長の真摯な目が頭によぎる。
 実際、豊円の勘気をこうむって辞職に追い詰められた若い編集者もいたという。
「先生今月の特別号『日本美人』の特集はどうでしょうか?」
「ああ、良かったよ。上村松園や鏑木清方かぶらききよかたも良かったが……、菊池先生が亡くなられたのが残念だねぇ」
 有名な画家、菊池契月が亡くなったのはちょうど先月のことだった。雑誌には菊池契月の絵も一点使っており、はからずも話題性がたかまり雑誌の売れ行きは良好である。
 
「……やはり夢二には独特の雰囲気があるね」
「はい」
 光則も竹久夢二の描く女性画は好きである。
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