艶夢百景

文月 沙織

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花の宿 四

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「この程度の絵で恥ずかしがっていたら、美術の仕事などできんだろう? もっと女の裸を見て慣れるといい」
 最後にはあきらかな嘲笑を響かせてきた。教養人であっても、こういう言葉を平然と放ち、それがまかりとおった時代である。
 熱くなった頬を見られるのがいやで、光則は無造作に置かれてあった別の画集に手をのばした。
「こちらも見ていいですか?」
「ああ、いいよ。それも面白いと思うね」
 画集というよりも、下描きの作品をたばねたような簡素な作りのもので、本としては稚拙な作りだった。もちろん商業目的ではなく、個人的に見るために作られたものだろう。
 豊円の作品なのか、もしそうなら未完のものか、まだ世に出てないものもあるはず。光則はすこし期待して、表紙に目をやった。

『若衆無残夢物語』

 表題は、すこしおどろおどろしい。月岡芳年が兄弟弟子の落合芳幾と競作した『英名二十八衆句』の鮮血にまみれた強者の絵のようなものかと思うと、怖いもの見たさもあって、奇妙な不安と期待に押され、表紙をめくってみた。

(あっ……)

 光則は一瞬、目を伏せた。
 だが、すぐに紙面にひろがる極彩色の世界に引きずりこまれてしまう。
(こんな……)
 こんな絵があったとは。

 めくるめく……、という言葉あるが、人の一生のなかで、こういった経験をすることがいったいどれぐらいあるだろうか。
 今までにも美しい絵を見て感動したことはある。歌舞伎や能を見て感興をおぼえたことはある。仕事などで芸能人や有名人に会えると、やはりそれなりに興奮したものだ。
 だが……、いま光則が感じている感情は、そういったものとはまったくちがうもので、光則はいままで経験したことがない情動が背筋に走ったような気がした。
 興奮、というものか、驚嘆と呼ぶのか、いずれにしろ、今まで絵画を見て得た衝撃とは桁外れな反応が自分のうちから湧き出るのを感じた。
 それは……性的衝動と呼ぶものか。今光則が我が身に感じ、あわてているのは、中学生がはじめてポルノ雑誌を見て得た興奮なのか。それはあまりに卑近で、手にある〝画集〟にたいして不謹慎な気もするが。
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