艶夢百景

文月 沙織

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闇夜の夢 三

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 顔立ちはけっして悪くない。むしろ、ととのっている方だろう。濃い眉やひきしまった頬などは貴族社会の価値観では好まれないが、庶民の女なら憧れるはず。妻も得ず子を成すこともせず、文字どおり生涯奉公に身を投じ、今も光経とともに、都から離れた遠いひなの地で、さらに人里はなれ狐狸がでそうな夜の森にあっても、文句もいわず側にいてくれている。
「なにをおっしゃいます。わたくしは光経様のお側にいられるだけで幸せです」
「ありがとう……」
 光経は豊久の肩に手を伸ばした。粗末な衣を通して人肌の熱さが感じられる。
 ふと、亡くなった両親を思い出す。父は光経が物心ついたころに病で亡くなり、母は光経が十四になったころ、心痛がたたってか父のあとを追うように逝った。
 それから五年、いや、六年ほどか、光経は以来人肌というものをほとんど感じずに過ごしてきた。乳母は母が亡くなる前年には去っていた。尼になったと聞いている。
 仕えてくれる女房や家人にはそれほどの親しみも情も感じなかった。少なかった召使たちは、痩せた細い木から、枯れた葉が散りゆくように、落ちぶれた主家に見切りをつけて出て行った。それも世のことわりだと思い、光経は冷めた目で眺めていた。
 だが、今この物悲しい月夜をともに眺める従者に、はじめて情というものを感じた。貴族のたしなみとしていくつかの恋歌をどこそこの姫君や美しいと評判の白拍子にたわむれに送ったこともあったが、他者にはげしい恋情などは感じたことがない光経である。生きることで精いっぱいで、あまり他人に興味がなかったのかもしれないが、今ふしぎと豊久という男に興味がわいた。
「田津は遅いですな」
「え? ああ」
 田津というのが水をくみにいったもう一人の供であることを光経は思い出し、そして名前を覚えていなかった自分に呆れた。
「逃げたのかもしれぬな」
 自嘲の笑いがこぼれる。供に見捨てられても文句は言えない我が身を笑う気持ちからだ。
 だが、まさにそのときに、
「と、殿、光経様!」
 大声が夜の森に響いてきて、光経は驚いた。
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