55 / 101
第五十四話 支える者たちの誇り
しおりを挟む
サミエルとの濃密な魔道具設計の打ち合わせを終え、ようやく少し息をつく余裕ができた私は、静かに呼び鈴を鳴らした。応えてやって来たのは、局長室付きの侍女、マリアだった。彼女は物腰が柔らかく、いつも笑顔を絶やさない女性だが、その穏やかな表情の奥には、静かな強さが宿っている。
マリアは元騎士団員を夫に持ち、数年前、その夫を任務中に亡くしている。まだ小さな子どもを抱え、途方に暮れていた頃の話を、レオナが騎士団への聞き取り調査の際に耳にしてくれたのだ。
「お茶をお持ちしました。今日はマスカットの香りにしてみました。卒業と局長就任、本当におめでとうございます」
マリアは丁寧にお盆を置きながら、そう言ってにこやかに頭を下げた。
「ありがとう、マリア。今日は早番だったの? お子さんの具合はどう? 昨日、風邪をひいたって言ってたけれど」
「はい。熱も下がって、今朝はおかゆをちゃんと食べてくれました。託児所の隣に常駐している医師の先生も見に行ってくださって、大丈夫でしょうとのことでした」
「それは良かったわ。こじらせたら長引くものね……お母さんも少しは安心できたでしょう?」
私が微笑むと、マリアは胸に手をあてて深く頭を下げた。その目には、じわりと光るものがあった。
「主人が亡くなってからというもの、どうすれば生きていけるか、何を拠り所にすれば良いか分からず、ただ泣いてばかりでした。せめて働き口を探そうと、慰労金の受け取りに訪れた騎士団でお願いしていた時に、レオナ様が声をかけてくださって……こうして後方支援局で働かせていただき、子どもまで見ていただける環境まで整えてくださって……」
彼女の声が震えた。
「本当に、ありがとうございます。このご恩を返す術は、もうセレスティア様のおそばでお仕えする以外にありません。未熟者ではございますが、これからも全力でお仕えいたします」
その言葉に、胸がじんと熱くなる。
「マリア、それはね、私一人の力じゃないの。レオナやシオン、そして局員のみんな、陛下や行政、騎士団や軍部が手を差し伸べてくれたからこそ実現したこと。だからあなたは、もう“与えられる側”ではないの。今は“与える側”よ」
そう伝えると、マリアの目にぽろりと涙がこぼれた。
「あなたの働きが、これから同じような境遇の誰かを支える力になる。それこそが、後方支援局の意味。あなたは立派に、その一員としての役割を果たしているのよ。だから、胸を張って、自分の人生を誇りに思ってほしいわ」
マリアは泣き笑いの顔で、「はい……誇りを持ちます」と小さく頷いた。
その様子を扉の外から覗いていた他の侍女たちが、鼻をすする音を隠しきれずにいたのを私は聞き逃さなかった。ふっと笑みを浮かべながら、扉を開け、声をかけた。
「こっそり覗いていないで、お祝いがてら皆でお茶にしましょう。今日はめでたい日だから」
その言葉に、年齢も様々な侍女たちがぱあっと笑顔を浮かべ、一人、また一人と控えめに部屋へと入ってくる。丁寧に座り、お茶を受け取るその手には、どこか母のような温もりと、凛とした誇りがあった。
若き才能と、人生の厚みを知る者たちが、こうして一つ屋根の下で交わる場所。――それが、後方支援局という組織なのだと、改めて心に刻んだ。
マリアは元騎士団員を夫に持ち、数年前、その夫を任務中に亡くしている。まだ小さな子どもを抱え、途方に暮れていた頃の話を、レオナが騎士団への聞き取り調査の際に耳にしてくれたのだ。
「お茶をお持ちしました。今日はマスカットの香りにしてみました。卒業と局長就任、本当におめでとうございます」
マリアは丁寧にお盆を置きながら、そう言ってにこやかに頭を下げた。
「ありがとう、マリア。今日は早番だったの? お子さんの具合はどう? 昨日、風邪をひいたって言ってたけれど」
「はい。熱も下がって、今朝はおかゆをちゃんと食べてくれました。託児所の隣に常駐している医師の先生も見に行ってくださって、大丈夫でしょうとのことでした」
「それは良かったわ。こじらせたら長引くものね……お母さんも少しは安心できたでしょう?」
私が微笑むと、マリアは胸に手をあてて深く頭を下げた。その目には、じわりと光るものがあった。
「主人が亡くなってからというもの、どうすれば生きていけるか、何を拠り所にすれば良いか分からず、ただ泣いてばかりでした。せめて働き口を探そうと、慰労金の受け取りに訪れた騎士団でお願いしていた時に、レオナ様が声をかけてくださって……こうして後方支援局で働かせていただき、子どもまで見ていただける環境まで整えてくださって……」
彼女の声が震えた。
「本当に、ありがとうございます。このご恩を返す術は、もうセレスティア様のおそばでお仕えする以外にありません。未熟者ではございますが、これからも全力でお仕えいたします」
その言葉に、胸がじんと熱くなる。
「マリア、それはね、私一人の力じゃないの。レオナやシオン、そして局員のみんな、陛下や行政、騎士団や軍部が手を差し伸べてくれたからこそ実現したこと。だからあなたは、もう“与えられる側”ではないの。今は“与える側”よ」
そう伝えると、マリアの目にぽろりと涙がこぼれた。
「あなたの働きが、これから同じような境遇の誰かを支える力になる。それこそが、後方支援局の意味。あなたは立派に、その一員としての役割を果たしているのよ。だから、胸を張って、自分の人生を誇りに思ってほしいわ」
マリアは泣き笑いの顔で、「はい……誇りを持ちます」と小さく頷いた。
その様子を扉の外から覗いていた他の侍女たちが、鼻をすする音を隠しきれずにいたのを私は聞き逃さなかった。ふっと笑みを浮かべながら、扉を開け、声をかけた。
「こっそり覗いていないで、お祝いがてら皆でお茶にしましょう。今日はめでたい日だから」
その言葉に、年齢も様々な侍女たちがぱあっと笑顔を浮かべ、一人、また一人と控えめに部屋へと入ってくる。丁寧に座り、お茶を受け取るその手には、どこか母のような温もりと、凛とした誇りがあった。
若き才能と、人生の厚みを知る者たちが、こうして一つ屋根の下で交わる場所。――それが、後方支援局という組織なのだと、改めて心に刻んだ。
702
あなたにおすすめの小説
[完結]7回も人生やってたら無双になるって
紅月
恋愛
「またですか」
アリッサは望まないのに7回目の人生の巻き戻りにため息を吐いた。
驚く事に今までの人生で身に付けた技術、知識はそのままだから有能だけど、いつ巻き戻るか分からないから結婚とかはすっかり諦めていた。
だけど今回は違う。
強力な仲間が居る。
アリッサは今度こそ自分の人生をまっとうしようと前を向く事にした。
手作りお菓子をゴミ箱に捨てられた私は、自棄を起こしてとんでもない相手と婚約したのですが、私も含めたみんな変になっていたようです
珠宮さくら
恋愛
アンゼリカ・クリットの生まれた国には、不思議な習慣があった。だから、アンゼリカは必死になって頑張って馴染もうとした。
でも、アンゼリカではそれが難しすぎた。それでも、頑張り続けた結果、みんなに喜ばれる才能を開花させたはずなのにどうにもおかしな方向に突き進むことになった。
加えて好きになった人が最低野郎だとわかり、自棄を起こして婚約した子息も最低だったりとアンゼリカの周りは、最悪が溢れていたようだ。
姉と妹の常識のなさは父親譲りのようですが、似てない私は養子先で運命の人と再会できました
珠宮さくら
恋愛
スヴェーア国の子爵家の次女として生まれたシーラ・ヘイデンスタムは、母親の姉と同じ髪色をしていたことで、母親に何かと昔のことや隣国のことを話して聞かせてくれていた。
そんな最愛の母親の死後、シーラは父親に疎まれ、姉と妹から散々な目に合わされることになり、婚約者にすら誤解されて婚約を破棄することになって、居場所がなくなったシーラを助けてくれたのは、伯母のエルヴィーラだった。
同じ髪色をしている伯母夫妻の養子となってからのシーラは、姉と妹以上に実の父親がどんなに非常識だったかを知ることになるとは思いもしなかった。
自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~
浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。
本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。
※2024.8.5 番外編を2話追加しました!
【完結】伯爵令嬢の25通の手紙 ~この手紙たちが、わたしを支えてくれますように~
朝日みらい
恋愛
煌びやかな晩餐会。クラリッサは上品に振る舞おうと努めるが、周囲の貴族は彼女の地味な外見を笑う。
婚約者ルネがワインを掲げて笑う。「俺は華のある令嬢が好きなんだ。すまないが、君では退屈だ。」
静寂と嘲笑の中、クラリッサは微笑みを崩さずに頭を下げる。
夜、涙をこらえて母宛てに手紙を書く。
「恥をかいたけれど、泣かないことを誇りに思いたいです。」
彼女の最初の手紙が、物語の始まりになるように――。
白い結婚で結構ですわ。殿下より、私の自由のほうが大事ですので
鍛高譚
恋愛
「第二王子との婚約? でも殿下には平民の恋人がいるらしいんですけど?
――なら、私たち“白い結婚”で結構ですわ。お好きになさってくださいな、殿下」
自由気ままに読書とお茶を楽しむのがモットーの侯爵令嬢・ルージュ。
ある日、突然“第二王子リオネルとの政略結婚”を押しつけられてしまう。
ところが当の殿下は平民の恋人に夢中で、
「形式上の夫婦だから干渉しないでほしい」などと言い出す始末。
むしろ好都合とばかりに、ルージュは優雅な“独身気分”を満喫するはずが……
いつしか、リナという愛人と妙に仲良くなり、
彼女を巡る宮廷スキャンダルに巻き込まれ、
しまいには婚約が白紙になってしまって――!?
けれどこれは、ルージュが本当の幸せを掴む始まりにすぎなかった。
自分を心から大切にしてくれる“新しい旦那様”候補が現れて、
さあ、思い切り自由に愛されましょう!
……そして、かの王子様の結末は“ざまぁ”なのか“自業自得”なのか?
自由気ままな侯爵令嬢が切り開く、
“白い結婚破談”からの痛快ざまぁ&本当の恋愛譚、はじまります。
海に捨てられた王女と恋をしたい竜王
しましまにゃんこ
恋愛
神とも崇められる最強種である竜人族の竜王フィリクス。彼の悩みはただ一つ。いまだ運命の番が現れないこと。可愛いうさぎ獣人の番といちゃいちゃ過ごすかつての冷徹眼鏡宰相を、涙目でじっとりと羨む日々を送っていた。
雷鳴轟く嵐の夜、遂に彼の耳に長年探し求めていた番の声が届く。夢にまで待ち望んだ愛する番が呼ぶ声。だがそれは、今にも失われそうなほど弱々しい声だった。
そのころ、弱小国の宿命として大国ドラードの老王に召し上げられるはずだったアスタリアの王女アイリスは、美しすぎるゆえに老王の寵愛を受けることを恐れた者たちの手によって、豪華な花嫁衣装に身を包んだまま、頼りない小舟に乗せられ、海の上を彷徨っていた。
必死に抗うものの、力尽き、海底へと沈んでいくアイリス。
(お父様、お母様、役立たずの娘をお許し下さい。神様、我が魂を身許に捧げます……)
息が途切れる最後の瞬間、アイリスは神の姿を見た。キラキラと光る水面を蹴散らし、美しい黄金色の竜が、真っ直ぐにアイリス目指してやってくる。アイリスの国、アスタリアの神は竜だ。アスタリアを作り、恵みを与え守ってくれる、偉大で優しい竜神様。代々そう言い伝えられていた。
(神様……ああ、なんて、美しいの……)
竜と目があった瞬間、アイリスはにっこり微笑み、ゆっくり意識を手離した。
今にも失われそうな愛しい命。フィリクスは自らの命を分け与えるため、アイリスの意思を確認しないまま婚礼の儀式を行うことに。
運命の番としてようやく巡り合った二人。
しかしドラード国では、海に消えたアイリスを失ったことで老王の逆鱗に触れ捕らえられたラナード王子のため、『忘れられた王女』として虐げられていたミイナが、アイリスの行方を追って旅に出る。
醜さゆえに誰にも愛されなかったミイナ。彼女もまた、竜に纏わる数奇な運命を抱えていた。
竜の溺愛と自らの使命に翻弄される立場の違う二人の王女。果たして二人の運命は?
愛の強すぎる竜人族✕愛を知らない不憫系美少女の溺愛ハッピーエンドストーリーです。
作品はすべて、小説家になろう、カクヨムに掲載中、または掲載予定です。
完結保証。完結まで予約投稿済み。毎日21時に1話更新。
【完結】領主の妻になりました
青波鳩子
恋愛
「私が君を愛することは無い」
司祭しかいない小さな教会で、夫になったばかりのクライブにフォスティーヌはそう告げられた。
===============================================
オルティス王の側室を母に持つ第三王子クライブと、バーネット侯爵家フォスティーヌは婚約していた。
挙式を半年後に控えたある日、王宮にて事件が勃発した。
クライブの異母兄である王太子ジェイラスが、国王陛下とクライブの実母である側室を暗殺。
新たに王の座に就いたジェイラスは、異母弟である第二王子マーヴィンを公金横領の疑いで捕縛、第三王子クライブにオールブライト辺境領を治める沙汰を下した。
マーヴィンの婚約者だったブリジットは共犯の疑いがあったが確たる証拠が見つからない。
ブリジットが王都にいてはマーヴィンの子飼いと接触、画策の恐れから、ジェイラスはクライブにオールブライト領でブリジットの隔離監視を命じる。
捜査中に大怪我を負い、生涯歩けなくなったブリジットをクライブは密かに想っていた。
長兄からの「ブリジットの隔離監視」を都合よく解釈したクライブは、オールブライト辺境伯の館のうち豪華な別邸でブリジットを囲った。
新王である長兄の命令に逆らえずフォスティーヌと結婚したクライブは、本邸にフォスティーヌを置き、自分はブリジットと別邸で暮らした。
フォスティーヌに「別邸には近づくことを許可しない」と告げて。
フォスティーヌは「お飾りの領主の妻」としてオールブライトで生きていく。
ブリジットの大きな嘘をクライブが知り、そこからクライブとフォスティーヌの関係性が変わり始める。
========================================
*荒唐無稽の世界観の中、ふんわりと書いていますのでふんわりとお読みください
*約10万字で最終話を含めて全29話です
*他のサイトでも公開します
*10月16日より、1日2話ずつ、7時と19時にアップします
*誤字、脱字、衍字、誤用、素早く脳内変換してお読みいただけるとありがたいです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる