3 / 29
第2話 白い契約、その先にある自由計画
しおりを挟む
翌朝。
昨夜の“地獄のフラグ回避”から一夜明けたセリーヌは、ベッドの上で両手を天井に伸ばしながら、静かに深呼吸した。
「……生き延びた……」
それは、まさに命拾いというやつだった。精神的に。物理的にも。
結婚式を終え、自分を写した鏡を見て“転生の記憶”が蘇り、“白い初夜”を宣言を受け倒れる――という波乱の夜を経て、ようやく落ち着きを取り戻した彼女は、ひとつの結論に辿り着いていた。
(この状況、ある意味“安全”は確保された。でも……三年間、この屋敷でライナルト様と顔合わせながら共同生活? いや無理無理無理。貞操の危機は継続中だし、何より……)
ソファに座りなおして、目を細めた。
(――無駄に美形。昨夜、気持ちが飛んでいったにしても、かつて愛していた相手と三年間も暮らせって? それって、なし崩しに的に関係を迫られたら、逃げられないパターン)
だったら、最初から“別居”した方が効率的じゃないかしら?
慰謝料という名目で生活基盤をもらい、自由な生活を手に入れ、その間に自立の道を探す。
3年後には晴れて離縁し、屋敷もそのまま譲り受けて、悠々自適なシングルライフ――
(完璧だ。ノーリスク・ハイリターン。これぞ現代知識×貴族社会の融合による、最強の戦略)
手元のベルを軽やかに鳴らす。
「ミレイユ、ちょっとお願いがあるの。ライナルト様に面会のお願いをしてもらえるかしら。お話したいことがあって」
専属侍女のミレイユは「かしこまりました」と微笑みながら深く頭を下げ、すぐに退出していった。
しばらくして、面会の許可が下りたという知らせが届く。
その間に、セリーヌはささっと身支度を整えた。
きちんとした清楚なワンピースに身を包み、髪は軽くまとめて。表情も控えめながら、しっかりと芯のあるものへ。
(見せつけるのは“決意”。可憐な花嫁ごっこは、昨夜で終わり)
執務室の扉をノックし、ライナルトの「どうぞ」という声を確認してから、静かに扉を開けた。
「ライナルト様。昨日は……見苦しい姿をお見せしてしまい、申し訳ございませんでした」
そう言って、セリーヌは深々と頭を下げた。
驚いたように立ち上がったライナルトは、すぐに彼女の前に歩み寄り、困ったように目を伏せた。
「いや……俺の方こそ謝らなくてはならない。昨日のことは……無神経だった。結婚式の直後に、あんな話をするなんて……」
(よし、掴みはOK)
セリーヌは内心ガッツポーズを決めながら、話を本題へと切り出す。
「ライナルト様。私たちは教会で婚姻の誓いを立てました。ですが……“三年間の白い結婚”というのが前提であるなら、できれば――この期間、別居させていただきたいのです」
ライナルトの目が一瞬だけ見開かれる。
「……別居?」
「はい。三年という長い時間を一つ屋根の下で過ごせば、互いに情も移りましょう。それでは本末転倒ですし、いずれ別れることが決まっているのであれば、今のうちから距離を取った方がよろしいかと」
ぴしゃりと決まりすぎているほどの論理的提案に、ライナルトの眉が少し動く。
「なるほど……それで?」
「慰謝料を“先払い”という形にしていただきたいのです。別居先の家と、生活費も。もちろん、静かに、慎ましく暮らしますわ」
少し黙ったあと、ライナルトは息を吐いた。
「……いきなりは難しいが、準備が整い次第、別居先を用意しよう」
セリーヌの頬がぱっと明るくなった。
「ありがとうございます! ……なる早でお願いいたしますね」
「……なる早?」
「今流行りの“ご令嬢語”ですわ。“なるべく早く”って意味でございます」
とびきりの笑みでそう言い放つセリーヌに、ライナルトは思わず「ほう」と呟いた。
彼女が去ったあと、執務室に残されたのは、呆然とした主と、困惑気味の侍従だった。
「……ライナルト様。なぜセリーヌ様に白い結婚を提案されたのです?お二人は婚約期間中、なかなかお時間が合わず、少ない交流でしたが、上手くやれていると信じてました。なのに何故…」
アイザックが困惑気味に呟く。
ライナルトは腕を組み、静かに天井を仰いだ。
「いゃ。俺は、彼女の想いが、成就すれば良いと、俺への気持ちを断ち切ったんだが、こうもあっさりされるとな…」
後悔が、言葉の端に滲む。
「セリーヌ様の想いとは…?」
「いゃ、今はまだ話せない…」
ライナルトが何か誤解をしているのでは、とアイザックは不安を感じた。だが、もう取り返しはつかない。セリーヌはもう切り替えたのだから。
昨夜の“地獄のフラグ回避”から一夜明けたセリーヌは、ベッドの上で両手を天井に伸ばしながら、静かに深呼吸した。
「……生き延びた……」
それは、まさに命拾いというやつだった。精神的に。物理的にも。
結婚式を終え、自分を写した鏡を見て“転生の記憶”が蘇り、“白い初夜”を宣言を受け倒れる――という波乱の夜を経て、ようやく落ち着きを取り戻した彼女は、ひとつの結論に辿り着いていた。
(この状況、ある意味“安全”は確保された。でも……三年間、この屋敷でライナルト様と顔合わせながら共同生活? いや無理無理無理。貞操の危機は継続中だし、何より……)
ソファに座りなおして、目を細めた。
(――無駄に美形。昨夜、気持ちが飛んでいったにしても、かつて愛していた相手と三年間も暮らせって? それって、なし崩しに的に関係を迫られたら、逃げられないパターン)
だったら、最初から“別居”した方が効率的じゃないかしら?
慰謝料という名目で生活基盤をもらい、自由な生活を手に入れ、その間に自立の道を探す。
3年後には晴れて離縁し、屋敷もそのまま譲り受けて、悠々自適なシングルライフ――
(完璧だ。ノーリスク・ハイリターン。これぞ現代知識×貴族社会の融合による、最強の戦略)
手元のベルを軽やかに鳴らす。
「ミレイユ、ちょっとお願いがあるの。ライナルト様に面会のお願いをしてもらえるかしら。お話したいことがあって」
専属侍女のミレイユは「かしこまりました」と微笑みながら深く頭を下げ、すぐに退出していった。
しばらくして、面会の許可が下りたという知らせが届く。
その間に、セリーヌはささっと身支度を整えた。
きちんとした清楚なワンピースに身を包み、髪は軽くまとめて。表情も控えめながら、しっかりと芯のあるものへ。
(見せつけるのは“決意”。可憐な花嫁ごっこは、昨夜で終わり)
執務室の扉をノックし、ライナルトの「どうぞ」という声を確認してから、静かに扉を開けた。
「ライナルト様。昨日は……見苦しい姿をお見せしてしまい、申し訳ございませんでした」
そう言って、セリーヌは深々と頭を下げた。
驚いたように立ち上がったライナルトは、すぐに彼女の前に歩み寄り、困ったように目を伏せた。
「いや……俺の方こそ謝らなくてはならない。昨日のことは……無神経だった。結婚式の直後に、あんな話をするなんて……」
(よし、掴みはOK)
セリーヌは内心ガッツポーズを決めながら、話を本題へと切り出す。
「ライナルト様。私たちは教会で婚姻の誓いを立てました。ですが……“三年間の白い結婚”というのが前提であるなら、できれば――この期間、別居させていただきたいのです」
ライナルトの目が一瞬だけ見開かれる。
「……別居?」
「はい。三年という長い時間を一つ屋根の下で過ごせば、互いに情も移りましょう。それでは本末転倒ですし、いずれ別れることが決まっているのであれば、今のうちから距離を取った方がよろしいかと」
ぴしゃりと決まりすぎているほどの論理的提案に、ライナルトの眉が少し動く。
「なるほど……それで?」
「慰謝料を“先払い”という形にしていただきたいのです。別居先の家と、生活費も。もちろん、静かに、慎ましく暮らしますわ」
少し黙ったあと、ライナルトは息を吐いた。
「……いきなりは難しいが、準備が整い次第、別居先を用意しよう」
セリーヌの頬がぱっと明るくなった。
「ありがとうございます! ……なる早でお願いいたしますね」
「……なる早?」
「今流行りの“ご令嬢語”ですわ。“なるべく早く”って意味でございます」
とびきりの笑みでそう言い放つセリーヌに、ライナルトは思わず「ほう」と呟いた。
彼女が去ったあと、執務室に残されたのは、呆然とした主と、困惑気味の侍従だった。
「……ライナルト様。なぜセリーヌ様に白い結婚を提案されたのです?お二人は婚約期間中、なかなかお時間が合わず、少ない交流でしたが、上手くやれていると信じてました。なのに何故…」
アイザックが困惑気味に呟く。
ライナルトは腕を組み、静かに天井を仰いだ。
「いゃ。俺は、彼女の想いが、成就すれば良いと、俺への気持ちを断ち切ったんだが、こうもあっさりされるとな…」
後悔が、言葉の端に滲む。
「セリーヌ様の想いとは…?」
「いゃ、今はまだ話せない…」
ライナルトが何か誤解をしているのでは、とアイザックは不安を感じた。だが、もう取り返しはつかない。セリーヌはもう切り替えたのだから。
839
あなたにおすすめの小説
その結婚は、白紙にしましょう
香月まと
恋愛
リュミエール王国が姫、ミレナシア。
彼女はずっとずっと、王国騎士団の若き団長、カインのことを想っていた。
念願叶って結婚の話が決定した、その夕方のこと。
浮かれる姫を前にして、カインの口から出た言葉は「白い結婚にとさせて頂きたい」
身分とか立場とか何とか話しているが、姫は急速にその声が遠くなっていくのを感じる。
けれど、他でもない憧れの人からの嘆願だ。姫はにっこりと笑った。
「分かりました。その提案を、受け入れ──」
全然受け入れられませんけど!?
形だけの結婚を了承しつつも、心で号泣してる姫。
武骨で不器用な王国騎士団長。
二人を中心に巻き起こった、割と短い期間のお話。
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
白い結婚は終わりました。――崩れない家を築くまで
しおしお
恋愛
「干渉しないでくださいませ。その代わり、私も干渉いたしません」
崩れかけた侯爵家に嫁いだ私は、夫と“白い結婚”を結んだ。
助けない。口を出さない。責任は当主が負う――それが条件。
焦りと慢心から無謀な契約を重ね、家を傾かせていく夫。
私は隣に立ちながら、ただ見ているだけ。
放置された結果、彼は初めて自分の判断と向き合うことになる。
そして――
一度崩れかけた侯爵家は、「選び直す力」を手に入れた。
無理な拡張はしない。
甘い条件には飛びつかない。
不利な契約は、きっぱり拒絶する。
やがてその姿勢は王宮にも波及し、
高利契約に歪められた制度そのものを立て直すことに――。
ざまあは派手ではない。
けれど確実。
焦らせた者も、慢心した者も、
気づけば“選ばれない側”になっている。
これは、干渉しない約束から始まる静かな逆転劇。
そして、白い結婚を終え、信頼で立つ家へと変わっていく物語。
隣に立つという選択こそが、最大のざまあでした。
あなたへの愛を捨てた日
柴田はつみ
恋愛
公爵夫人エステルは、冷徹な夫レオニスを心から愛していた。彼の好みを調べ、帰宅を待ちわび、献身的に尽くす毎日。
しかし、ある夜会の回廊で、エステルは残酷な真実を知る。
レオニスが、未亡人クラリスの手を取り囁いていたのだ。
「君のような(自立した)女性が、私の隣にいるべきだった」
エステルは悟る。自分の愛は彼にとって「重荷」であり、自分という人間は彼にとって「不足」だったのだと。その瞬間、彼女の中で何かが音を立てて砕け散る。
戦場から帰らぬ夫は、隣国の姫君に恋文を送っていました
Mag_Mel
恋愛
しばらく床に臥せていたエルマが久方ぶりに参加した祝宴で、隣国の姫君ルーシアは戦地にいるはずの夫ジェイミーの名を口にした。
「彼から恋文をもらっていますの」。
二年もの間、自分には便りひとつ届かなかったのに?
真実を確かめるため、エルマは姫君の茶会へと足を運ぶ。
そこで待っていたのは「身を引いて欲しい」と別れを迫る、ルーシアの取り巻きたちだった。
※小説家になろう様にも投稿しています
二十年以上無視してきた夫が、今さら文通を申し込んできました
小豆缶
恋愛
「お願いです。文通から始めてもらえませんか?」
二十年以上会話もなかった夫――この国の王が、ある日突然そう言ってきた。
第一王妃マリアは、公爵家出身の正妃。だが夫はかつて、寵愛する第三王妃の話のみを信じ、彼女を殴ったことがある。その事件が原因で、マリアは男性恐怖症が悪化して、夫と二人きりでは会話すらできなくなっていた。
それから二十年。
第三王妃はとある事故で亡くなり、夫は反省したらしい。だからといって――今さら夫婦関係をやり直したいと言われても遅すぎる。
なのに王は諦めない。毎日の手紙。花を一輪。夜食の差し入れ。
不器用すぎる求愛に振り回されるうち、マリアの中で止まっていた感情が少しずつ動き始める。
これは、冷えきった政略夫婦が「文通」からやり直す恋の話。
※本作は「存在されていないことにされていた管理ギフトの少女王宮で真の家族に出会う」のスピンオフですが、単体で読めます。
婚約を奪った義妹は王太子妃になりましたが、王子が廃嫡され“廃嫡王子の妻”になりました
鷹 綾
恋愛
「お姉様には、こちらの方がお似合いですわ」
そう言って私の婚約者を奪ったのは、可憐で愛らしい義妹でした。
王子に見初められ、王太子妃となり、誰もが彼女の勝利を疑わなかった――あの日までは。
私は“代わり”の婚約者を押し付けられ、笑いものにされ、社交界の端に追いやられました。
けれど、選ばれなかったことは、終わりではありませんでした。
華やかな王宮。
厳しい王妃許育。
揺らぐ王家の威信。
そして――王子の重大な過ち。
王太子の座は失われ、運命は静かに反転していく。
離縁を望んでも叶わない義妹。
肩書きを失ってなお歩き直す王子。
そして、奪われたはずの私が最後に選び取った人生。
ざまあは、怒鳴り声ではなく、選択の積み重ねで訪れる。
婚約を奪われた姉が、静かに価値を積み上げていく王宮逆転劇。
幸せの賞味期限――妹が奪った夫は、甘く腐る
柴田はつみ
恋愛
幸せには「賞味期限」がある。
守る実力のない女から、甘い果実は腐っていく
甘いだけのダメンズ夫と、計算高い妹。
善意という名の「無能」を捨てたとき、リリアの前に現れたのは
氷の如き冷徹さと圧倒的な財力を持つ、本物の「男」だった――。
「お姉様のその『おっとり』、もう賞味期限切れよ。カイル様も飽き飽きしてるわ」
伯爵家の長女・リリアは、自分が作り上げた平穏な家庭が、音を立てて崩れるのをただ見つめるしかなかった。
信じていた妹・エレナの狡猾な指先が、夫・カイルの心の隙間に滑り込んでいく。
カイルは、優しくて美貌だが、自分の足で立つことのできない「甘い」男。彼はエレナの露骨な賞賛と刺激に溺れ、長年尽くしてきたリリアを「味のないスープ」と切り捨て、家から追い出してしまう
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる