さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと

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第19話 夜の静けさに揺れるもの

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「お父様!」
「父上……っ!」

駆け込んできた二人の青年の声が、寝室の空気を一変させた。シモンが、その声にゆっくりと目を開ける。

「……アレクサ……ロイター……」
寝台に横たわったまま、少しだけ笑みを浮かべた。
「……心配をかけたな……」

その優しい声に、アレクサとロイターは堪えていたものが決壊したように、ベッドに駆け寄る。
「……何やってんだよ、こんなになるまで……」
「……父上、ずっと心配してました……!」

息を詰めるような声でそう言うと、二人はシモンに抱きつき、肩を震わせながら泣いた。

その光景をそっと見届け、セリーヌは一歩下がって、母エリーナに目を向けた。
エリーナは頷き、セリーヌの肩を軽く押す。

二人は音も立てずに部屋を後にした。
ここからは、家族だけの時間だ。

――

夜も更け、屋敷の大時計が静かに時を告げる。
もうとっくに夕食の時間は過ぎていた。

セリーヌはそっと寝室の扉をノックする。
「失礼します……」

扉を開けると、そこには……まるで寝落ちした子供のように、父親のベッドの両脇で、アレクサとロイターがうつ伏せになって眠っていた。
濡れたまつげ、赤くなった鼻先。どちらも泣き疲れてしまったらしい。

セリーヌはそっと微笑んで、廊下に控えていた使用人に合図を送った。
「お二人をお部屋へお願い。起こさずに、そっとね。」

静かに、丁寧にアレクサとロイターは抱えられ、運ばれていった。
その背を見送りながら、セリーヌはミレイユに声をかけた。

「夜中にお腹が空いて起きた時のために、何か軽く摘まめるものを。料理長にお願いしてくれるかしら?」

「はい、お嬢様。それと……シモン様の夕食も、もうすぐお持ちしますね」

「ありがとう、ミレイユ。」

部屋に戻ると、シモンはまだ起きていた。目を閉じていたが、セリーヌの気配に気づき、ゆっくりと顔を向ける。

「シモン様、せっかく目が覚めていらっしゃいますので……これから夕食をお持ちしますね。体調を考えて、消化に良いものを用意していただきましたの。……もしかすると、食べ応えはないかもですが……」

ふ、とシモンが眉を下げる。
「……こんなに手厚くしてもらって……申し訳ない。」

「お気になさらないでくださいな」
そう言って微笑むと、ちょうどミレイユが盆を持って現れた。

柔らかく煮た野菜を、丁寧に裏ごしして作られたペースト状のスープ。
器の縁からは湯気が立ちのぼり、ほんのりとした甘い香りが部屋に広がる。

「では、準備致しますわね。」

セリーヌはシモンの体をそっと起こし、背中にクッションを添える。
スプーンを手に取り、野菜のペーストをすくい、シモンの口元へと差し出す。

「……シモン様、あ~ん。」

不意打ちの一言に、シモンの表情が固まる。
年甲斐もなく……そう言いたげに眉をひそめるも、結局は小さくため息をついて、口を開けた。

とろりと舌に乗ったそれは、驚くほど優しい味だった。
喉をすべり落ちた後も、ふわりと甘味が残る。

「……思っていたより……いけるな。」

「うふふ、よかったですわ。まだ“あ~ん”残ってますから、覚悟して下さいませ♪」

「……なんだその、あ~んとは……」

そんなやり取りを交えながら、セリーヌの“あ~ん攻撃”にシモンはなすすべもなく、気がつけば完食していた。

食後、水の入ったコップをそっと手渡され、飲み干すと、またセリーヌが支えて背を寝台へ戻す。
背中のクッションを抜き、ゆっくりと横にさせると、再び冷たいタオルを額に当て、指先で前髪を優しく整えた。

「……なんだか、こんな風に人に優しくされたのは、小さい頃以来だな……」
ぼそりと、シモンが呟く。

「この年で気恥ずかしいが……悪くないものだ。」

その言葉に、セリーヌはそっと微笑む。

「フフフ……シモン様、どうかごゆっくりお休みください。わたくし、お側におりますから。」

――その一言を聞いた瞬間だった。

シモンが目を見開き、上体を起こしてセリーヌをまっすぐに見据える。

「……えっ……? シモン様?」

突然のことに、セリーヌは目を瞬かせ、首を傾げた。

「どうされましたの……?」

その問いかけに、シモンの瞳から静かに涙がこぼれた。

「……セリーヌ、か……?」

「はい……そうですけれど……?」

「……抱きしめても……いいか?」

その言葉に、セリーヌは一瞬だけ戸惑った。
けれど、すぐに柔らかく頷いた。

シモンは腕を伸ばし、そっとセリーヌを抱き寄せる。

「……抱き締めると不思議と……心が、暖かくなるな……」

低く、震えるような声。
彼の背中にそっと手を回し、セリーヌは優しくさすった。

「ええ……そうですわね。シモン様……きっと、心がずっとお疲れだったのです。わたくしでよければ、いつでも温めますわ。」

その言葉が胸に届いたのか、シモンは肩を震わせながら、声を押し殺すようにして嗚咽した。
流れる涙は、まるで忘れていた記憶を取り戻すかのように、静かに頬を伝っていった。

部屋の灯りは柔らかく、外はすっかり夜の帳(とばり)が降りている。
その静けさの中で、セリーヌを抱き締め泣くシモンの姿があった。
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