さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと

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第23話 行き違いと、胸の棘

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ランベル国の王族の一行が、ようやく帰国した。
喧騒に包まれていた王宮にも、ゆっくりと日常が戻り始める。

騎士団も通常勤務体制へと移行し、少しだけ息をつける時間が生まれた。
ライナルトは、そのわずかな隙間を縫って、リサエル公爵家の門をくぐった。

――どうしても、会っておきたかった。

応接間で出迎えたのは、公爵サミエルだった。
彼は、てっきりセリーヌからライナルトに話が通っていると思っていたからか、満足げに笑いながら口を開いた。

「いやぁ、ライナルト君も大変だったな。……セリーヌもだよ。社会見学のつもりだった外務大臣の補佐が、まさか接待まで任されるとはな。前日まで“務まるのかしら”と悩んでいたが……最後までやり遂げられたのは、君がいてくれたからだろうな。セリーヌも、もうすぐ帰ってくるはずだ。一緒に夕食でもどうだ?」

――その言葉に、ライナルトの表情が変わった。

「……外務大臣の、手伝い?」
声に怒りが滲んでいた。

「私は……そのような話、初耳でした。知ったのは謁見場で、セリーヌの姿を見かけたからです。セリーヌは……なぜ、黙っていたのですか?」

サミエルは目を瞬き、戸惑いの色を浮かべた。

「……いや……セリーヌが君には話してあると……。すまない、行き違いかもしれない。帰ってきたら、直接聞こう。」

そのとき、使用人が一礼しながら知らせた。

「セリーヌ様がご帰宅されました。」

その声に続いて、すぐに扉が開かれた。

「失礼いたします。お父様、ライナルト様。ただいま戻りました」

柔らかな微笑を浮かべて、セリーヌが姿を現す。
けれど、部屋の空気は、すでに緊張の色を孕んでいた。

「セリーヌ」
サミエルが静かに尋ねた。
「ライナルト君に、外務省の手伝いのことは話していないのか?」

セリーヌは小さく頷いた。

「……ええ。お忙しい方ですから、直接お会いするより先に、手紙でご連絡差し上げました。まず簡単に事情をお書きして、その後に詳細を書いた手紙と、王宮に通っている旨……そして、“お時間が合えばお会いしたい”と。最後には、ランベル国の接待をお受けしたこと、“頑張りますので見守ってください”と記して……合計3通、マデラン伯爵家にお届けしましたわ。それが……どうかされました?」

その無邪気な問いに、ライナルトが怒りを抑えきれず声を上げた。

「俺は……そのどれも知らなかった。セリーヌが外務大臣の補佐をしていたことも、ランベル国の接待のことも……全く知らなかった!」

彼の声が鋭く響く。

「……手紙が屋敷に届いたところで、あの時期、俺には帰宅する暇すらなかった。見れるわけがない。王宮に来ていたなら……なぜ、近衛騎士団の控室まで知らせに来なかった?」

言葉の棘が、セリーヌの胸を静かに刺した。

彼女は、ほんのわずかだけ目を伏せ、そして寂しげに笑った。

「……ライナルト様は……わたくしが、“伝える努力”を怠ったと、そうお思いなのですね。」

その一言に、ライナルトははっとした。

けれど、もう遅かった。

セリーヌは、ゆっくりと息を吐いて首を振った。

「……わたくし……貴方に伝えるのに、どれだけの手段を講じなければならないのでしょうね。」

その声には、疲労と、静かな悲しみが滲んでいた。

「お父様、ライナルト様……わたくし、本日は少し……疲れてしまいました。どうか、お先に休ませていただきます。」

深く頭を下げ、セリーヌは部屋を後にした。

ライナルトは、追いかけることも、止めることもできなかった。

――ただ、後悔だけが胸を蝕んでいた。

シモンとセリーヌ。
あの巻き戻る前の時代に、確かに見た、仲睦まじい姿。
それが再び重なりはじめているのではないか――そんな焦りが、彼を苛立たせ、言葉を粗くしたのだった。

「……リサエル公爵。……申し訳ありません。セリーヌを責めるつもりはなかったのです……。日を改めて、改めて話をさせてください。」

サミエルがゆっくりと頷く中、ライナルトは静かに応接間を後にした。

――

久しぶりに帰ったマデラン伯爵家の執務室。
溜まった書類の山、その隅に、封をされた手紙がいくつか積まれていた。

乱雑な手紙の束をかき分ける。
――あった。セリーヌの筆跡。

一通、二通、三通……確かに、彼女の言葉は、ここにあった。

手紙を読み進めるうちに、胸が締めつけられていく。

倒れていたシモンを介抱し、無理をしないよう補佐を頼まれた事。
ランベル国の接待役に選ばれ、緊張しながらも引き受けたこと。
そして、そのどの手紙にも書かれていた――

《ライナルト様。どうかお身体をご自愛くださいませ。無理は、なさらないでくださいね。》

ライナルトは、手紙を握りしめたまま、目を伏せた。

(……彼女なりに、俺に“伝えて”くれていた……)

(……それなのに、俺は……)

連絡一つ、寄せられなかったのは自分の方だった。
伝えようとする彼女の心に、気づこうとしなかった――自分こそが、彼女を遠ざけていたのだ。

――

翌朝、騎士団の詰所に向かうと、イクロンが声をかけてきた。

「おはようございます。副団長、昨夜……婚約者様と揉めたりしませんでした?」

「……“連絡一つ取るのに、どれだけの手段を講じなければならないのでしょう”とは言われたな……」

「やっぱり! うちのナリスティアにも言われましたよ。“王宮にいるなら、取り次ぎしてよ!”って。手紙もダメ、取り次ぎもダメ、もうどうしたらいいのよって怒ってました。」

「……取り次ぎもダメだったのか……?」

「ええ。あの時期、他国の王子が滞在してましたからね。機密事項で、文官たちが取り次ぎを断ってたみたいですよ。」

「……そうか……」

「まあ……副団長の婚約者は、外務大臣の補佐してたから、分かってたと思いますけどね」

そう言い残し、イクロンは訓練場へと向かって行った。

取り残されたライナルトは、何も言えず、ただ立ち尽くした。

(……もし、時を巻き戻せるのなら)

もう二度と後悔しないように。
彼女を大切にして、離さず、ちゃんと想いを伝えようと――そう、誓ったはずだった。

なのに。

昨夜のセリーヌの、あのため息。
まるで心が折れたかのような、あの目――

……それは、かつて離縁届にサインしたあの瞬間の、冷めた瞳と、よく似ていた。

――胸の奥が、ひやりと冷たくなる。
不意に、嫌な予感が、背筋を這い上がってきた。
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