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第1話
翌日――。
エリーナは朝から落ち着かなかった。
大きな窓から差し込む光も、鳥のさえずりも耳に入らず、ただひたすら「彼氏役」の到着を待っていた。昨夜、両親にはすべてを打ち明けてある。マックレーンが浮気をしていたこと、そしてその事実を突きつけて婚約を解消するつもりでいること。そして――ただ別れるだけでは終わらせず、見返してやるために「影の一座」に依頼をしたことも。
話を聞いたルックエル伯爵夫妻は、娘を裏切ったマックレーンに憤慨し、即座に婚約解消の手続きを進めると約束してくれた。ただ、「彼氏役」という言葉に眉をひそめはしたものの、今のエリーナの心情を思えば反対はできず、最終的には黙って頷いてくれたのだ。
そして、待ちに待ったその時は訪れる。
屋敷の前に、馬蹄の乾いた音が響いた。馬車ではない――どうやら馬を駆けて来たらしい。
現れたのは、昨日の「親分」マイラによく似た青年。
青みを帯びた髪を後ろでひとつに束ね、長身を包む乗馬服が妙に似合う。凛々しさと艶やかさを兼ね備え、その場にいた者の視線をすべてさらうような雰囲気を纏っていた。十人中十人が振り向くであろう整った容貌――その青年は馬から軽やかに降りると、爽やかな笑みを浮かべて口を開いた。
「ルックエル伯爵閣下、奥方様。初めまして。影の一座より参りました、アレクと申します」
一礼する仕草は優雅で、言葉遣いも申し分ない。だが次の瞬間、エリーナの耳に届いたのは思いがけない言葉だった。
「……エリーナ、来てやったぞ。まったく“一番がいい”なんて言うから、俺が男装して来たんだ」
「……は? 男装? えっ……」
「まだ分かんないのか? マイラだよ、親分。昨日会っただろ?」
「えぇーーっ!?」
衝撃で目を見開いたまま固まるエリーナをよそに、マイラは伯爵夫妻へ向き直る。
「エリーナ様は、いずれ新しい婚約者をお選びになるでしょう。その間、下手に男性を連れて歩くよりも、男装した私の方がご両親も安心ではないかと思いまして」
「……そのお気遣い、感謝します。ただ……娘は相手を見返したいと申しております。男装では、正体が露見する恐れが……」
「演技ですから、そこはお任せください。距離が近くても女性ですので、大目に見ていただければ。周囲に聞かれたら“隣国の知人”ということにして下さい」
まだ呆然としているエリーナの方を見やり、マイラは軽く笑った。
「……エリーナ? ほら、見返しに行くんだろ? その前に、まずは変身だ」
半ば引きずられるように私室へ連れて行かれ、途中で侍女に指示が飛ぶ。
「普段使っている化粧道具と、青でシンプルなドレスを頼む」
やがて椅子に腰かけさせられたエリーナの顔に、マイラ――いや、今は“アレク”が、迷いのない手つきで化粧を施していく。あえてそばかすは隠さず、それを魅力に変えるように自然で美しい仕上がりに。
鏡に映るのは、見慣れたはずの自分なのに、どこか別人のようだった。思わず、じっと見つめてしまう。
「では……お姫様、参りましょうか?」
恭しく差し出された手に、エリーナは思わず頬を染めた。
苦笑する顔も、眉をひそめる仕草も、あまりに自分の好みにぴたりとはまり、胸がざわめく。
「……どうした? 今日はやめておくか?」
「……違うの。ただ、あまりに素敵すぎて……」
「今日この姿の時は、“アレク”だ。さあ、婚約者殿を見返しに行くぞ」
「……うん。そうだったわ」
こうして、二人はマックレーンとその恋人が逢引しているという場所へ向かっていった――。
エリーナは朝から落ち着かなかった。
大きな窓から差し込む光も、鳥のさえずりも耳に入らず、ただひたすら「彼氏役」の到着を待っていた。昨夜、両親にはすべてを打ち明けてある。マックレーンが浮気をしていたこと、そしてその事実を突きつけて婚約を解消するつもりでいること。そして――ただ別れるだけでは終わらせず、見返してやるために「影の一座」に依頼をしたことも。
話を聞いたルックエル伯爵夫妻は、娘を裏切ったマックレーンに憤慨し、即座に婚約解消の手続きを進めると約束してくれた。ただ、「彼氏役」という言葉に眉をひそめはしたものの、今のエリーナの心情を思えば反対はできず、最終的には黙って頷いてくれたのだ。
そして、待ちに待ったその時は訪れる。
屋敷の前に、馬蹄の乾いた音が響いた。馬車ではない――どうやら馬を駆けて来たらしい。
現れたのは、昨日の「親分」マイラによく似た青年。
青みを帯びた髪を後ろでひとつに束ね、長身を包む乗馬服が妙に似合う。凛々しさと艶やかさを兼ね備え、その場にいた者の視線をすべてさらうような雰囲気を纏っていた。十人中十人が振り向くであろう整った容貌――その青年は馬から軽やかに降りると、爽やかな笑みを浮かべて口を開いた。
「ルックエル伯爵閣下、奥方様。初めまして。影の一座より参りました、アレクと申します」
一礼する仕草は優雅で、言葉遣いも申し分ない。だが次の瞬間、エリーナの耳に届いたのは思いがけない言葉だった。
「……エリーナ、来てやったぞ。まったく“一番がいい”なんて言うから、俺が男装して来たんだ」
「……は? 男装? えっ……」
「まだ分かんないのか? マイラだよ、親分。昨日会っただろ?」
「えぇーーっ!?」
衝撃で目を見開いたまま固まるエリーナをよそに、マイラは伯爵夫妻へ向き直る。
「エリーナ様は、いずれ新しい婚約者をお選びになるでしょう。その間、下手に男性を連れて歩くよりも、男装した私の方がご両親も安心ではないかと思いまして」
「……そのお気遣い、感謝します。ただ……娘は相手を見返したいと申しております。男装では、正体が露見する恐れが……」
「演技ですから、そこはお任せください。距離が近くても女性ですので、大目に見ていただければ。周囲に聞かれたら“隣国の知人”ということにして下さい」
まだ呆然としているエリーナの方を見やり、マイラは軽く笑った。
「……エリーナ? ほら、見返しに行くんだろ? その前に、まずは変身だ」
半ば引きずられるように私室へ連れて行かれ、途中で侍女に指示が飛ぶ。
「普段使っている化粧道具と、青でシンプルなドレスを頼む」
やがて椅子に腰かけさせられたエリーナの顔に、マイラ――いや、今は“アレク”が、迷いのない手つきで化粧を施していく。あえてそばかすは隠さず、それを魅力に変えるように自然で美しい仕上がりに。
鏡に映るのは、見慣れたはずの自分なのに、どこか別人のようだった。思わず、じっと見つめてしまう。
「では……お姫様、参りましょうか?」
恭しく差し出された手に、エリーナは思わず頬を染めた。
苦笑する顔も、眉をひそめる仕草も、あまりに自分の好みにぴたりとはまり、胸がざわめく。
「……どうした? 今日はやめておくか?」
「……違うの。ただ、あまりに素敵すぎて……」
「今日この姿の時は、“アレク”だ。さあ、婚約者殿を見返しに行くぞ」
「……うん。そうだったわ」
こうして、二人はマックレーンとその恋人が逢引しているという場所へ向かっていった――。
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