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第8話
荷物を取りに一度ホテルへ戻ったマイラに、サイモンは静かに告げた。
「明日には帰らなければならない。仕事があるんだ。」
その言葉に、胸の奥が急にぽっかりと空いたような心細さが広がる。
「……マックエル伯爵家に行くの、明日じゃダメですか? お父様と、もう少し一緒に過ごしたいんです。」
サイモンは、マイラを娘のように思ってはいたが、そこまで踏み込んだ感情を抱いたことはなかった。だが、今のその一言は、確かに父を頼る娘の声だった。
「そうだな……連絡を入れておくよ。今日は父と過ごしてくれるか?」
「はい!」
ぱっと花のように笑うマイラを見て、サイモンの胸の奥で何かが温かく広がった。
妻を失い、そして義母であるエメリカの余命を知り、神はなぜ自分の大切な人ばかり奪うのかと嘆いた日々。だが、妻や義母がつないでくれたこの縁を思えば、感謝の気持ちがこみ上げてくる。
その日、二人はエレンス王国の王都をゆっくりと歩いた。
屋台で串に刺した甘い果物を分け合い、評判の高いカフェで一休みし、気ままに洋服店をのぞく。サイモンはマイラに新しいドレスを贈ろうとしたが、母からもらった大切なドレスがあるからと、やんわり断られてしまう。その代わりに、マイラはサイモンのためにジャケットを選び、「次に迎えに来てくれるときに着てほしい」と、少し照れながら頼んだ。
――ああ、これが娘という存在か。
同僚たちが「娘のためなら命を懸けられる」と笑って話していた意味が、初めて骨身に染みて分かった気がした。
夕食は落ち着いた雰囲気のレストランで。
ホテルに戻ったときには、サイモンの胸には名残惜しさがあふれていた。
このままずっとそばにいたい――そう思いながらも、「キリがないな」と苦笑する。
とにかく早く仕事を片付け、また迎えに来よう。そう心に決めて床についた。
翌朝、マイラに起こされ、ホテルで朝食をとったあと、近くの薔薇園を訪れた。
色とりどりの薔薇が咲く中、サイモンはふと思い出す。
「そういえば……エミリア様が“青薔薇の”と言っていたが、あれは何のことだったんだ?」
「な、何でもないわ」
「そうか。ならいい」
そして、出発の時が来た。
「マイラ、そろそろマックエル伯爵家に行こうか」
「うん……お父様、早く仕事終わらせて、また迎えに来てくださいね」
「ああ。少し寂しい思いをさせるが、必ず早く戻る。待っていてくれるか?」
「うん」
マックエル伯爵家に娘を送り届け、サイモンは船に乗った。
行きは二人で笑い合いながら過ごした船旅も、帰りはひとりきり。
波の音が、余計に静かで寂しく感じられた。
――その頃。
マイラは持ってきた荷物を解きながら、ふと心細さに押されて近くの侍女に声をかけた。
「……エメリカ様にお会いしたいの」
「今日はお加減が優れず、お休みになっております」
がっかりとうなだれるマイラの様子を見かね、侍女は「お聞きしてまいります」と申し出てくれた。
しばらくして戻ってくると、「どうぞお越しくださいませ」との返事。
マイラは急ぎ足でエメリカの部屋へ向かった。
ベッドに身を起こしたエメリカは、マイラを見てにやりと笑う。
「寂しくなったんだろう? ほら、おばあ様が慰めてあげるよ」
その言葉に甘えるように、マイラはその胸へ飛び込んだ。
からかい半分の返しを予想していたエメリカは、その素直な仕草に少し驚く。
――初めて父を持ち、別れを経験したあの子は、幼い頃にできなかった“甘える”ということを覚えたのだろう。
抑えきれない寂しさに、どう対処すればいいのかまだ分からないのだ。
エメリカはマイラが満足するまで、黙って抱きしめ続けた。
やがて小さな寝息が聞こえ、思わず口元がほころぶ。
「ふふ……」
そばに控える侍女が「どういたしましょう?」と尋ねると、
「私のベッドに寝かせてちょうだい。孫と一緒に眠りたいの」
侍女二人がかりでマイラをそっと寝かせると、エメリカはその髪を優しく撫でながら目を閉じた。
穏やかな時間が、静かに二人を包み込んでいた。
その寝顔は、どちらも満ち足りた安らぎに包まれていた。
「明日には帰らなければならない。仕事があるんだ。」
その言葉に、胸の奥が急にぽっかりと空いたような心細さが広がる。
「……マックエル伯爵家に行くの、明日じゃダメですか? お父様と、もう少し一緒に過ごしたいんです。」
サイモンは、マイラを娘のように思ってはいたが、そこまで踏み込んだ感情を抱いたことはなかった。だが、今のその一言は、確かに父を頼る娘の声だった。
「そうだな……連絡を入れておくよ。今日は父と過ごしてくれるか?」
「はい!」
ぱっと花のように笑うマイラを見て、サイモンの胸の奥で何かが温かく広がった。
妻を失い、そして義母であるエメリカの余命を知り、神はなぜ自分の大切な人ばかり奪うのかと嘆いた日々。だが、妻や義母がつないでくれたこの縁を思えば、感謝の気持ちがこみ上げてくる。
その日、二人はエレンス王国の王都をゆっくりと歩いた。
屋台で串に刺した甘い果物を分け合い、評判の高いカフェで一休みし、気ままに洋服店をのぞく。サイモンはマイラに新しいドレスを贈ろうとしたが、母からもらった大切なドレスがあるからと、やんわり断られてしまう。その代わりに、マイラはサイモンのためにジャケットを選び、「次に迎えに来てくれるときに着てほしい」と、少し照れながら頼んだ。
――ああ、これが娘という存在か。
同僚たちが「娘のためなら命を懸けられる」と笑って話していた意味が、初めて骨身に染みて分かった気がした。
夕食は落ち着いた雰囲気のレストランで。
ホテルに戻ったときには、サイモンの胸には名残惜しさがあふれていた。
このままずっとそばにいたい――そう思いながらも、「キリがないな」と苦笑する。
とにかく早く仕事を片付け、また迎えに来よう。そう心に決めて床についた。
翌朝、マイラに起こされ、ホテルで朝食をとったあと、近くの薔薇園を訪れた。
色とりどりの薔薇が咲く中、サイモンはふと思い出す。
「そういえば……エミリア様が“青薔薇の”と言っていたが、あれは何のことだったんだ?」
「な、何でもないわ」
「そうか。ならいい」
そして、出発の時が来た。
「マイラ、そろそろマックエル伯爵家に行こうか」
「うん……お父様、早く仕事終わらせて、また迎えに来てくださいね」
「ああ。少し寂しい思いをさせるが、必ず早く戻る。待っていてくれるか?」
「うん」
マックエル伯爵家に娘を送り届け、サイモンは船に乗った。
行きは二人で笑い合いながら過ごした船旅も、帰りはひとりきり。
波の音が、余計に静かで寂しく感じられた。
――その頃。
マイラは持ってきた荷物を解きながら、ふと心細さに押されて近くの侍女に声をかけた。
「……エメリカ様にお会いしたいの」
「今日はお加減が優れず、お休みになっております」
がっかりとうなだれるマイラの様子を見かね、侍女は「お聞きしてまいります」と申し出てくれた。
しばらくして戻ってくると、「どうぞお越しくださいませ」との返事。
マイラは急ぎ足でエメリカの部屋へ向かった。
ベッドに身を起こしたエメリカは、マイラを見てにやりと笑う。
「寂しくなったんだろう? ほら、おばあ様が慰めてあげるよ」
その言葉に甘えるように、マイラはその胸へ飛び込んだ。
からかい半分の返しを予想していたエメリカは、その素直な仕草に少し驚く。
――初めて父を持ち、別れを経験したあの子は、幼い頃にできなかった“甘える”ということを覚えたのだろう。
抑えきれない寂しさに、どう対処すればいいのかまだ分からないのだ。
エメリカはマイラが満足するまで、黙って抱きしめ続けた。
やがて小さな寝息が聞こえ、思わず口元がほころぶ。
「ふふ……」
そばに控える侍女が「どういたしましょう?」と尋ねると、
「私のベッドに寝かせてちょうだい。孫と一緒に眠りたいの」
侍女二人がかりでマイラをそっと寝かせると、エメリカはその髪を優しく撫でながら目を閉じた。
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その寝顔は、どちらも満ち足りた安らぎに包まれていた。
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