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第9話
マイラはふと意識が浮かび上がるように目を覚ました。
「……寝ちゃってた?」
視線を動かすと、すぐそばにエメリカ――いや、エリー様の姿があった。思わず驚いて見つめていると、ゆっくりとその瞼が開き、口元にいたずらっぽい笑みが浮かぶ。
「ふふ……甘えん坊の孫だねぇ」
そう言って、指先でマイラの頬を軽くつつく。
「エリー様、体調が悪いのに……すみません」
申し訳なさそうに呟くと、エメリカはかぶりを振った。
「なぁに。孫がこうして甘えてくれるなら、病なんて吹き飛んでしまうよ」
マイラは少し考えてから、真剣な面持ちで口を開いた。
「エリー様……私、このマックエル伯爵家にいる間は、できるだけエリー様のおそばにいたいんです」
「そうかい。それなら好きにするといい。その代わり、うちの家族ともちゃんと交流しなさいよ。私だって、体調によっては相手してやれない時もあるからね。それと……エリー様じゃなくて、“おばあ様”と呼びなさい」
「……分かりました。おばあ様」
「よろしい。じゃあ、顔を洗って着替えて、朝ごはんを食べてきなさい」
「はーい!」
元気よく返事をして部屋を出て行くマイラの背を見送りながら、エメリカは「やれやれ」と小さく息をつき、それでも口元には満足げな笑みが浮かんでいた。
それからの日々、マイラはまるで幼い頃をやり直すかのように、遠慮なくおばあ様に甘えた。
マックエル伯爵家の一員として、家族とも自然に馴染み、屋敷の空気は穏やかで賑やかなものになっていった。
――しかし、幸せな時間は長くは続かなかった。
マイラが伯爵家に来て一か月ほど経った頃、エメリカの体調が急激に悪化した。
医師は首を振り、「すでに、いつ亡くなってもおかしくない状態だった。ここまで持ちこたえたこと自体が奇跡だ」と告げた。
すぐにデュパール子爵であるサイモンにも連絡が入ったが、病の進行は容赦なく、エメリカは家族に囲まれながら、わずかに瞼を動かすだけの状態となった。
「……わたしの……ゆい……ごん……そこに……ふふ……楽しかった……」
かすれるような最後の言葉を残し、静かに息を引き取った。
屋敷は深い悲しみに包まれた。
家族はもちろん、ナイラも涙を止められず、嗚咽が途切れなかった。
マイラは声にならない声で泣きじゃくり、その姿を見たサイモンは、到着こそ間に合わなかったものの、すぐに娘を抱きしめた。
「お父様……! お父様……! おばあ様が……おばあ様が……!」
その声は幼子のように震えていた。サイモンはただ無言で頭を撫で、落ち着くまで強く抱きしめ続けた。
やがて、泣き疲れたマイラは、力が抜けたようにサイモンの胸の中で眠り込んだ。
傍らにいたライザルが赤くなった目で言う。
「……マイラは母上の容態が悪くなってから、ずっと寝ずに付き添っていました。もう三日もまともに眠っていないんです。部屋で休ませてやってください」
サイモンは頷き、マイラをそっと抱き上げる。
廊下の端で控えていた侍女たちも目を潤ませていた。
「旦那様のいらっしゃらない間、エメリカ様とマイラ様は本当の祖母と孫のようでした……」
その言葉が、胸の奥にずしりと響く。
マイラにとって、妻も、祖母も、そして今回失ったのも、かけがえのない家族だった。
何より、初めて自分の目の前で親しい人が命を閉じる瞬間を見てしまったのだ。
サイモンはその夜、眠るマイラの手をずっと握り、額にかかる髪を優しく撫でながら、そばを離れなかった。
静かな時間の中、マイラの小さな寝息だけが、部屋に残っていた。
「……寝ちゃってた?」
視線を動かすと、すぐそばにエメリカ――いや、エリー様の姿があった。思わず驚いて見つめていると、ゆっくりとその瞼が開き、口元にいたずらっぽい笑みが浮かぶ。
「ふふ……甘えん坊の孫だねぇ」
そう言って、指先でマイラの頬を軽くつつく。
「エリー様、体調が悪いのに……すみません」
申し訳なさそうに呟くと、エメリカはかぶりを振った。
「なぁに。孫がこうして甘えてくれるなら、病なんて吹き飛んでしまうよ」
マイラは少し考えてから、真剣な面持ちで口を開いた。
「エリー様……私、このマックエル伯爵家にいる間は、できるだけエリー様のおそばにいたいんです」
「そうかい。それなら好きにするといい。その代わり、うちの家族ともちゃんと交流しなさいよ。私だって、体調によっては相手してやれない時もあるからね。それと……エリー様じゃなくて、“おばあ様”と呼びなさい」
「……分かりました。おばあ様」
「よろしい。じゃあ、顔を洗って着替えて、朝ごはんを食べてきなさい」
「はーい!」
元気よく返事をして部屋を出て行くマイラの背を見送りながら、エメリカは「やれやれ」と小さく息をつき、それでも口元には満足げな笑みが浮かんでいた。
それからの日々、マイラはまるで幼い頃をやり直すかのように、遠慮なくおばあ様に甘えた。
マックエル伯爵家の一員として、家族とも自然に馴染み、屋敷の空気は穏やかで賑やかなものになっていった。
――しかし、幸せな時間は長くは続かなかった。
マイラが伯爵家に来て一か月ほど経った頃、エメリカの体調が急激に悪化した。
医師は首を振り、「すでに、いつ亡くなってもおかしくない状態だった。ここまで持ちこたえたこと自体が奇跡だ」と告げた。
すぐにデュパール子爵であるサイモンにも連絡が入ったが、病の進行は容赦なく、エメリカは家族に囲まれながら、わずかに瞼を動かすだけの状態となった。
「……わたしの……ゆい……ごん……そこに……ふふ……楽しかった……」
かすれるような最後の言葉を残し、静かに息を引き取った。
屋敷は深い悲しみに包まれた。
家族はもちろん、ナイラも涙を止められず、嗚咽が途切れなかった。
マイラは声にならない声で泣きじゃくり、その姿を見たサイモンは、到着こそ間に合わなかったものの、すぐに娘を抱きしめた。
「お父様……! お父様……! おばあ様が……おばあ様が……!」
その声は幼子のように震えていた。サイモンはただ無言で頭を撫で、落ち着くまで強く抱きしめ続けた。
やがて、泣き疲れたマイラは、力が抜けたようにサイモンの胸の中で眠り込んだ。
傍らにいたライザルが赤くなった目で言う。
「……マイラは母上の容態が悪くなってから、ずっと寝ずに付き添っていました。もう三日もまともに眠っていないんです。部屋で休ませてやってください」
サイモンは頷き、マイラをそっと抱き上げる。
廊下の端で控えていた侍女たちも目を潤ませていた。
「旦那様のいらっしゃらない間、エメリカ様とマイラ様は本当の祖母と孫のようでした……」
その言葉が、胸の奥にずしりと響く。
マイラにとって、妻も、祖母も、そして今回失ったのも、かけがえのない家族だった。
何より、初めて自分の目の前で親しい人が命を閉じる瞬間を見てしまったのだ。
サイモンはその夜、眠るマイラの手をずっと握り、額にかかる髪を優しく撫でながら、そばを離れなかった。
静かな時間の中、マイラの小さな寝息だけが、部屋に残っていた。
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