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第27話
アイリス女王とライデン陛下との話が終わり、私は「気持ちを落ち着ける時間が必要だろう」との配慮で部屋へ戻ることを許された。もっとも、その部屋は女王の私室の隣で、すでに用意されていたらしい。
扉を閉め、ふかふかのソファに腰を沈め、長く息を吐く。――心のどこかで「もう戻れないかもしれない」と覚悟していたはずなのに、現実として突きつけられると、胸の奥に重しを乗せられたようだった。
その時、コンコンと控えめなノック。
「どうぞ」と声を掛けると、小さな足音が駆け寄ってくる。振り向けば、金色の髪を揺らしたライリン王女が、真っすぐこちらに向かってきていた。後ろから侍女が慌てて追いすがる。
「ねぇたまなの?」
可愛らしい声音に、思わず手を上げて侍女を制し、「おいで」と両腕を広げた。軽い体を抱き上げ、太ももの上に座らせる。青く澄んだ瞳が好奇心と喜びで輝いている。指先でそっと髪を撫でると、ライリン王女は恥ずかしそうに微笑み、ぎゅっと頬を寄せてきた。
「ライリンのおねえさまよ。よろしくね」
そう告げると、小さな腕で首に抱きつき、「ねぇたま、もうどこにも行かないで」と甘える。背を優しく撫で、軽くトントンと叩くと、まぶたがとろんと下がり、そのまま眠ってしまった。微笑をこぼし、そっと侍女に渡す。
その後、侍女を呼び、クレーント王国から来たアルベルト王子と近習、護衛たちの様子が気になっていることを伝え、女王陛下に面会の可否を確認してほしいと頼んだ。
やがて、部屋に入ってきたのはライデンだった。
「アイリスは、あのあと長年の心労と娘に会えた安堵で倒れてしまった。今は休ませている」
「……そうでしたか」胸がちくりと痛む。
「なぜ彼らに会いたい?」
「なぜって……わたくしはアルベルト王子の侍女として入国しました。私が戻らなければ、きっと心配しているはずです。一度は直接説明しておかないと」
「ふむ……だが一人では会わせられん。私と護衛も同席する」
私はうなずきつつも、少し言葉を足した。
「どこまで話してよいのか分かりません。それに、クレーント王国には仕事仲間と養子縁組した父、港で別れた恋人がいます。全員に“すぐ戻る”と言ってきたのです。今後、何をどう伝えればよいか……」
ライデンは一瞬だけ目を細め、「アイリス女王の娘であることは話してよい。ただし継承権については触れるな。詳細は私から彼らに伝える」と言い、ふっと笑った。
「さすがアイリスの娘だ。この国に縛られる覚悟を持ちながらも、出られる手立てを探すとはな。養父や事業の話は外交官から聞いていたが、恋人の件は初耳だ。後で詳しく聞かせてもらおう。そなたは私の唯一の娘なのだから」
そして、ライデンにエスコートされて向かった先。扉の外までクロードの大声が響いていた。
「マイラを助けに行く!」
「クロード、落ち着け!」
「何で止めるんだ!」
扉を開けた瞬間、クロードが真っ先に駆け寄り手を伸ばしてきたが、ハーティア側の護衛が彼を押さえた。
「離してあげてください」
そう頼むと、クロードは解放され、その勢いのまま私を抱きしめた。だが次の瞬間、ライデンの手で強引に引き剥がされる。
「クロード様、皆さま、ご心配をおかけしました」
深く頭を下げると、ライデンが一歩前に出て声を通した。
「マイラ嬢を連れ出した理由を説明する。皆、席についてくれ」
私がライデンの隣に座ると、その横にクロードがずいと腰を下ろす。
「クロード様、あなたはアルベルト王子の近習です。向こうに」
「マイラが心配なんだ。離れない」
……諦めるしかなかった。
ライデンはクロードを一瞥してから口を開く。
「このマイラ嬢は、ハーティア王国女王陛下と私の娘、アリスティアだ。謁見で見ただろう、女王と同じ亜麻色の髪、紫の瞳。そして魔力鑑定で虹色に輝いた。幼い頃、女王の妹と共に攫われ、行方不明となっていたが、クレーントで生きていた。偶然この国に来て、その場で判明したのだ。――アリスティアはクレーント王国へは帰れない。この国の王女だからだ」
静まり返る部屋の中、クロードが真っ先に口を開いた。
「私はマイラのそばにいる。帰国はしない」
「クロード様、何度も言いますが、あなたは王子の近習です」
「嫌だ! マイラがいないなんて無理だ。胸が痛くなる病になった!」
サミエルが苦笑しながら、「船に乗るまでは普通だったんだが……マイラ嬢が船酔いのとき甘やかしたせいかもな」とぽつり。
(……私のせいなのか?)思わず眉間を押さえた。
すると、アルベルト王子が口を開いた。
「ライデン様、私の婿入り先にアリスティア王女も候補に入っているのですか?」
「それは何とも言えん。娘には恋人がクレーントにいると聞いたばかりだ。幸せな結婚をしてほしいと思っている」
「……マイラ嬢――いや、アリスティア王女。私のことも婚約者候補に考えていただきたい」
「マイラ、俺もだ! 婚約者候補に入れてくれ!」と、クロードまで身を乗り出す。
私はため息をつき、二人を見渡した。
「婚約者候補の前に、まずはすべきことを終えてから考えます。今はそれどころではありません。……それと、今日からはお二人とも一人で眠れるようになってくださいね」
ライデンが「どういうことだ?」と怪訝そうに私を見る。
私は小声で「後で話します」とだけ返した。
扉を閉め、ふかふかのソファに腰を沈め、長く息を吐く。――心のどこかで「もう戻れないかもしれない」と覚悟していたはずなのに、現実として突きつけられると、胸の奥に重しを乗せられたようだった。
その時、コンコンと控えめなノック。
「どうぞ」と声を掛けると、小さな足音が駆け寄ってくる。振り向けば、金色の髪を揺らしたライリン王女が、真っすぐこちらに向かってきていた。後ろから侍女が慌てて追いすがる。
「ねぇたまなの?」
可愛らしい声音に、思わず手を上げて侍女を制し、「おいで」と両腕を広げた。軽い体を抱き上げ、太ももの上に座らせる。青く澄んだ瞳が好奇心と喜びで輝いている。指先でそっと髪を撫でると、ライリン王女は恥ずかしそうに微笑み、ぎゅっと頬を寄せてきた。
「ライリンのおねえさまよ。よろしくね」
そう告げると、小さな腕で首に抱きつき、「ねぇたま、もうどこにも行かないで」と甘える。背を優しく撫で、軽くトントンと叩くと、まぶたがとろんと下がり、そのまま眠ってしまった。微笑をこぼし、そっと侍女に渡す。
その後、侍女を呼び、クレーント王国から来たアルベルト王子と近習、護衛たちの様子が気になっていることを伝え、女王陛下に面会の可否を確認してほしいと頼んだ。
やがて、部屋に入ってきたのはライデンだった。
「アイリスは、あのあと長年の心労と娘に会えた安堵で倒れてしまった。今は休ませている」
「……そうでしたか」胸がちくりと痛む。
「なぜ彼らに会いたい?」
「なぜって……わたくしはアルベルト王子の侍女として入国しました。私が戻らなければ、きっと心配しているはずです。一度は直接説明しておかないと」
「ふむ……だが一人では会わせられん。私と護衛も同席する」
私はうなずきつつも、少し言葉を足した。
「どこまで話してよいのか分かりません。それに、クレーント王国には仕事仲間と養子縁組した父、港で別れた恋人がいます。全員に“すぐ戻る”と言ってきたのです。今後、何をどう伝えればよいか……」
ライデンは一瞬だけ目を細め、「アイリス女王の娘であることは話してよい。ただし継承権については触れるな。詳細は私から彼らに伝える」と言い、ふっと笑った。
「さすがアイリスの娘だ。この国に縛られる覚悟を持ちながらも、出られる手立てを探すとはな。養父や事業の話は外交官から聞いていたが、恋人の件は初耳だ。後で詳しく聞かせてもらおう。そなたは私の唯一の娘なのだから」
そして、ライデンにエスコートされて向かった先。扉の外までクロードの大声が響いていた。
「マイラを助けに行く!」
「クロード、落ち着け!」
「何で止めるんだ!」
扉を開けた瞬間、クロードが真っ先に駆け寄り手を伸ばしてきたが、ハーティア側の護衛が彼を押さえた。
「離してあげてください」
そう頼むと、クロードは解放され、その勢いのまま私を抱きしめた。だが次の瞬間、ライデンの手で強引に引き剥がされる。
「クロード様、皆さま、ご心配をおかけしました」
深く頭を下げると、ライデンが一歩前に出て声を通した。
「マイラ嬢を連れ出した理由を説明する。皆、席についてくれ」
私がライデンの隣に座ると、その横にクロードがずいと腰を下ろす。
「クロード様、あなたはアルベルト王子の近習です。向こうに」
「マイラが心配なんだ。離れない」
……諦めるしかなかった。
ライデンはクロードを一瞥してから口を開く。
「このマイラ嬢は、ハーティア王国女王陛下と私の娘、アリスティアだ。謁見で見ただろう、女王と同じ亜麻色の髪、紫の瞳。そして魔力鑑定で虹色に輝いた。幼い頃、女王の妹と共に攫われ、行方不明となっていたが、クレーントで生きていた。偶然この国に来て、その場で判明したのだ。――アリスティアはクレーント王国へは帰れない。この国の王女だからだ」
静まり返る部屋の中、クロードが真っ先に口を開いた。
「私はマイラのそばにいる。帰国はしない」
「クロード様、何度も言いますが、あなたは王子の近習です」
「嫌だ! マイラがいないなんて無理だ。胸が痛くなる病になった!」
サミエルが苦笑しながら、「船に乗るまでは普通だったんだが……マイラ嬢が船酔いのとき甘やかしたせいかもな」とぽつり。
(……私のせいなのか?)思わず眉間を押さえた。
すると、アルベルト王子が口を開いた。
「ライデン様、私の婿入り先にアリスティア王女も候補に入っているのですか?」
「それは何とも言えん。娘には恋人がクレーントにいると聞いたばかりだ。幸せな結婚をしてほしいと思っている」
「……マイラ嬢――いや、アリスティア王女。私のことも婚約者候補に考えていただきたい」
「マイラ、俺もだ! 婚約者候補に入れてくれ!」と、クロードまで身を乗り出す。
私はため息をつき、二人を見渡した。
「婚約者候補の前に、まずはすべきことを終えてから考えます。今はそれどころではありません。……それと、今日からはお二人とも一人で眠れるようになってくださいね」
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