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第30話
翌朝、まだ外が薄暗いうちに目が覚めた。
胸の奥に残る重たい気持ちを振り払うように、私は支度を整え、試験会場である会議室へ向かう。扉を開けると、すでに仲間たちが集まっていた。
きっと、私の動きを察して来てくれたのだろう。
「おはよう」
深く息を吸い込み、皆の顔を順に見渡す。
「改めて、ここで話しておきたいことがある」
クレーント王国にいる時に予想していた“妹王女の娘”という説は外れ、私は“女王の娘”だった事。
その事情は王家の機密に関わるため、細かくは話せないが、そのせいで私は二度とクレーント王国へ戻れなくなった事などを話した。
「……だからこそ、もし私を助けてくれるならと、こうして皆にお願いの手紙を綴った。そして、皆が来てくれた。これから行われる試験は皆なら難なく突破できるだろう。これから先、私はこの国を背負っていく。そして――欠けることなく、そばにいてくれることを望む。全力を尽くし、実力で反対の声をねじ伏せてくれ。信じている」
そう言って軽く頭を下げ、そのまま部屋を出ようとしたとき――
廊下の向こうから、焦った様子でクロードが駆け込んできた。
「……よ、よかった」
安堵の色を浮かべる彼に、私は訝しげな視線を向けた。
「どうしたのだ?」
「朝、部屋を訪ねたらいなかったから」
「仲間の激励に来ていたんだが……何か急ぎの用か?」
「……とにかく、お戻りください。皆、心配していました」
私は短く頷き、「じゃあ、皆、頑張ってくれ」とだけ告げ、会議室を後にした。
廊下を歩く間、普段なら自然と私の手を取るはずのクロードが、今日は二歩前を歩いていた。
部屋の前に着いたところで、彼はぴたりと足を止める。首を傾げながら扉を開けた瞬間――背後から強く抱き締められた。
「アリス……胸が苦しい。辛い」
耳元で、震える声が落ちる。
「ジークエルが恋人だとわかっていても、嫉妬で頭がどうにかなりそうなんだ」
私はそっと彼の名を呼んだ。
しばらくの間、腕の力は緩むことなく、ただ互いの呼吸だけが響く。
やがて少し落ち着いたのか、抱く力がふっと弱まった。
「……座って」
私は彼の手を引き、ソファに腰を下ろさせる。
自ら茶を淹れ、湯気の立つカップを差し出した。
クロードは一口、そして一気に飲み干すと、何も言わず立ち上がり、部屋を出ていった。
――午後。女王教育の講義を終えて部屋に戻ると、父と母が揃って訪ねてきていた。
「女王教育は順調、というより優秀で、予定より早く終わりそうだと聞いた」
父ライデンはそう前置きしてから、少し真剣な表情で続けた。
「来月、お前の十六歳の誕生日に合わせて、お披露目と誕生会を開こうと思う。その場で、王配候補も発表する」
私は背筋を伸ばし、静かに答えた。
「……覚悟は、できています」
「すまない。昨日、まさか恋人まで一緒に来ていたとは知らず……結果として苦しませることになってしまった」
「母にも話しましたが、彼には王配は務まりません。それは私も理解しています。だから、想いを断ち切り、この国を共に支えてくれる方をお願いします」
「そうか、心は決まっているのだな」
母アイリスがふっと口を開く。
「どうしてもというなら、側室という形も」
「……お母様、ありがとうございます。でも、大丈夫です。私のわがままで、これから共に歩む王配に心の負担はかけたくありません」
父は頷き、紙に目を落とす。
「候補は、アルベルト王子、クロード、それにハーティア王国内の公爵家から一名、侯爵家から二名。本来なら女王教育は幼い頃から、王配は女王を支えるために帝王学を学ぶ。だが今回は女王候補不在のまま事態が動いたため、これから帝王学を学ばねばならない。異例だが――今回は二人の王配で女王を支えることに決めた」
「……二人?」
「そうだ。だから明日から候補者たちと交流し、共に歩む者を選んでほしい」
「……わかりました。ジークエルにこのことを伝えても?」
「昨日、すでに伝えてある。彼がどう判断するかはわからない」
「……はい」
視線を落とし、堪える思いを握りしめた拳に込めた。
胸の奥に残る重たい気持ちを振り払うように、私は支度を整え、試験会場である会議室へ向かう。扉を開けると、すでに仲間たちが集まっていた。
きっと、私の動きを察して来てくれたのだろう。
「おはよう」
深く息を吸い込み、皆の顔を順に見渡す。
「改めて、ここで話しておきたいことがある」
クレーント王国にいる時に予想していた“妹王女の娘”という説は外れ、私は“女王の娘”だった事。
その事情は王家の機密に関わるため、細かくは話せないが、そのせいで私は二度とクレーント王国へ戻れなくなった事などを話した。
「……だからこそ、もし私を助けてくれるならと、こうして皆にお願いの手紙を綴った。そして、皆が来てくれた。これから行われる試験は皆なら難なく突破できるだろう。これから先、私はこの国を背負っていく。そして――欠けることなく、そばにいてくれることを望む。全力を尽くし、実力で反対の声をねじ伏せてくれ。信じている」
そう言って軽く頭を下げ、そのまま部屋を出ようとしたとき――
廊下の向こうから、焦った様子でクロードが駆け込んできた。
「……よ、よかった」
安堵の色を浮かべる彼に、私は訝しげな視線を向けた。
「どうしたのだ?」
「朝、部屋を訪ねたらいなかったから」
「仲間の激励に来ていたんだが……何か急ぎの用か?」
「……とにかく、お戻りください。皆、心配していました」
私は短く頷き、「じゃあ、皆、頑張ってくれ」とだけ告げ、会議室を後にした。
廊下を歩く間、普段なら自然と私の手を取るはずのクロードが、今日は二歩前を歩いていた。
部屋の前に着いたところで、彼はぴたりと足を止める。首を傾げながら扉を開けた瞬間――背後から強く抱き締められた。
「アリス……胸が苦しい。辛い」
耳元で、震える声が落ちる。
「ジークエルが恋人だとわかっていても、嫉妬で頭がどうにかなりそうなんだ」
私はそっと彼の名を呼んだ。
しばらくの間、腕の力は緩むことなく、ただ互いの呼吸だけが響く。
やがて少し落ち着いたのか、抱く力がふっと弱まった。
「……座って」
私は彼の手を引き、ソファに腰を下ろさせる。
自ら茶を淹れ、湯気の立つカップを差し出した。
クロードは一口、そして一気に飲み干すと、何も言わず立ち上がり、部屋を出ていった。
――午後。女王教育の講義を終えて部屋に戻ると、父と母が揃って訪ねてきていた。
「女王教育は順調、というより優秀で、予定より早く終わりそうだと聞いた」
父ライデンはそう前置きしてから、少し真剣な表情で続けた。
「来月、お前の十六歳の誕生日に合わせて、お披露目と誕生会を開こうと思う。その場で、王配候補も発表する」
私は背筋を伸ばし、静かに答えた。
「……覚悟は、できています」
「すまない。昨日、まさか恋人まで一緒に来ていたとは知らず……結果として苦しませることになってしまった」
「母にも話しましたが、彼には王配は務まりません。それは私も理解しています。だから、想いを断ち切り、この国を共に支えてくれる方をお願いします」
「そうか、心は決まっているのだな」
母アイリスがふっと口を開く。
「どうしてもというなら、側室という形も」
「……お母様、ありがとうございます。でも、大丈夫です。私のわがままで、これから共に歩む王配に心の負担はかけたくありません」
父は頷き、紙に目を落とす。
「候補は、アルベルト王子、クロード、それにハーティア王国内の公爵家から一名、侯爵家から二名。本来なら女王教育は幼い頃から、王配は女王を支えるために帝王学を学ぶ。だが今回は女王候補不在のまま事態が動いたため、これから帝王学を学ばねばならない。異例だが――今回は二人の王配で女王を支えることに決めた」
「……二人?」
「そうだ。だから明日から候補者たちと交流し、共に歩む者を選んでほしい」
「……わかりました。ジークエルにこのことを伝えても?」
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「……はい」
視線を落とし、堪える思いを握りしめた拳に込めた。
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