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第35話
アリスティアの十六歳の誕生日とお披露目式を迎えた朝――部屋の中は、まるで戦場のような熱気に包まれていた。
マリアを筆頭に、リナ、レミ、ナナ、サラの侍女たちが、息を合わせるように動きながら、念入りに彼女を磨き上げていく。
彼女たちの表情は真剣そのものだった。
かつて孤児院で共に過ごし、誰よりも先頭に立って道を切り開いてくれた親方――それがアリスティアだった。もう二度と会えないと思っていた存在が、再び自分たちの前に現れ、「共に歩もう」と言ってくれたのだ。ならば、この日だけは誰よりも美しく輝かせたい。そんな思いが、自然と全員の手先に力を込めさせていた。
マリアは、アリスティア付きの侍女を束ねる立場を任された当初、正直不安もあった。
孤児院育ちでありながら、王女として国を背負うという彼女が、果たしてどんな人物なのか――。だが、初めて会った日の印象は鮮烈だった。貴族令嬢に引けを取らない立ち居振る舞い、侍女を下に見ない物腰、そして相手を思いやる言葉。ほんの数日で、マリアは心から忠誠を誓っていた。
共に仕えるようになった侍女たちも同じだった。王女としての仕事が増え、マリアが人手不足を訴えたときも、彼女は「宛てがあるからしばらく待ってほしい」と穏やかに言った。まさか、その宛てがクレーント王国で苦楽を共にした仲間たちだとは思わなかった。しかも、彼女たちは試験で満点を取り、適性検査でも優秀な結果を出し、何の軋轢もなくこの場に馴染んだ。アリスティアが分け隔てなく接してくれるからこそ、皆が自然と心を寄せたのだ。
支度を終えたその時、部屋の扉がノックされ、クラウスとレイモンドが迎えにやって来た。
扉が開き、二人の視線がアリスティアに注がれた瞬間――言葉が消えた。
白を基調としたマーメイドラインのドレスに、金と水色の精緻な刺繍。胸元にはアクアマリンを中心に、周囲を小粒のダイヤモンドが取り囲むネックレス。耳元にも揃いのアクアマリンが揺れる。普段は下ろしている髪は高くまとめられ、色とりどりの宝石をあしらった髪飾りが光を受けて輝いていた。
普段はほとんど化粧をしない彼女が、この日は柔らかくも華やかな化粧を施され、気品の中に凛とした大人びた美しさが宿っていた。もともと美しい人だったが、今日は息を呑むほど洗練されている。
「……クラウス、レイモンド? 変じゃないかしら?」
声を掛けられるまで固まっていた二人は、我に返ったように息をついた。
「……あまりに美しすぎて、言葉が出なかった。アリスティア、本当に綺麗だ」クラウスが静かに言い、
「ええ……息を吸うのも忘れていたくらいです」レイモンドも同じく賛辞を送った。
アリスティアは頬を染め、「ありがとう。侍女たちのおかげよ。みんな、本当にありがとう」と微笑みかける。その言葉に、侍女たちは胸を張り、誇らしげに会釈した。
三人は並んで会場へと向かう。歩きながら、クラウスとレイモンドは、今日この姿を見た多くの者が彼女に恋い焦がれるだろうと想像し、自然と握る手に力がこもった。アリスティアが小さな声で「今日は離れないで、ずっとそばにいてね」と頼むと、二人はさらにその手を離せなくなった。
会場の扉の前に立ったとき、ふっとアリスティアの表情が変わる。柔らかな笑顔が消え、王女としての冷静な面差しが浮かんだ。その瞬間、二人は彼女の覚悟を感じ取った。
「アリスティア王女様、並びにサンジェル伯爵家クラウス様、リジェス子爵家レイモンド様、入場です」
扉が開かれ、アリスティアはアルカイックスマイルを浮かべ、堂々と歩み出た。無数の視線と羨望を浴びても、その背筋は揺るがない。
王族の席へと進み、ライデン王が立ち上がる。
「本日は、アリスティアの十六歳の誕生日とお披露目式に参列してくれたこと、心より感謝する。この度、アイリス女王陛下と私の娘であるアリスティア王女がクレーント王国で見つかり、我が国に帰還した。王族としての血筋を疑う者もあろう。ゆえに、ここで王族直系の証を示す。アリスティア、こちらへ」
促されるまま、アリスティアは準備された大きな水晶に手を翳した。
瞬間、水晶は七色の光を放ち、その光は柱となって天井を突き抜け、天井に埋め込まれた巨大な水晶へ吸い込まれていく。空気が一変し、威圧感と神々しさが場を満たす中、頭上から女神が舞い降りた。
『我は海の女神。我が愛し子の帰還、嬉しく思う。――アリスティア、おかえり』
そう告げ、額にそっと口づけると、女神はすうっと姿を消した。
静寂のあと、会場は割れんばかりの歓声に包まれる。長く次期王女不在に不安を抱いていた人々にとって、それは安堵と感謝の爆発だった。
アリスティアは予想外の出来事に驚きながらも、会場中に広がる晴れやかな表情と、同じく驚き顔の父と母を見て、思わず笑みをこぼした。その素の笑顔を見て、クラウスとレイモンドは「このままでは皆が見惚れてしまう」と直感し、さりげなく立ち位置をずらして彼女を隠した。
場を収めたのは、母アイリス女王だった。
「皆、これで我が娘だと信じてくれたと思う。では、グラスを」
給仕が全員にグラスを配り終えると、女王は高らかに告げる。
「アリスティアの帰還と、十六歳の誕生日を祝って――乾杯!」
「乾杯!」
乾杯の後、ライデン王がもう一つ報告を加える。
「そして、アリスティアの王配は、ここにいるクラウスとレイモンドに決まった。挙式は半年後とする」
予想外の発表に、会場の一部ではざわめきが走る。中には王配の座を狙っていた者もいたのだろう。しかし、アリスティアはすぐに立ち上がり、静かに場を見渡して言った。
「本日は私のためにお集まりいただき、心より感謝申し上げます。この度、ご縁あってクラウス様、レイモンド様と出会いました。三人でこの国を導いてまいりますので、どうかお力添えを」
深いカーテシーに、否応なく拍手が広がった。
その一言で、クラウスとレイモンドの胸には、彼女を支え抜くという決意がさらに強く刻まれた。
マリアを筆頭に、リナ、レミ、ナナ、サラの侍女たちが、息を合わせるように動きながら、念入りに彼女を磨き上げていく。
彼女たちの表情は真剣そのものだった。
かつて孤児院で共に過ごし、誰よりも先頭に立って道を切り開いてくれた親方――それがアリスティアだった。もう二度と会えないと思っていた存在が、再び自分たちの前に現れ、「共に歩もう」と言ってくれたのだ。ならば、この日だけは誰よりも美しく輝かせたい。そんな思いが、自然と全員の手先に力を込めさせていた。
マリアは、アリスティア付きの侍女を束ねる立場を任された当初、正直不安もあった。
孤児院育ちでありながら、王女として国を背負うという彼女が、果たしてどんな人物なのか――。だが、初めて会った日の印象は鮮烈だった。貴族令嬢に引けを取らない立ち居振る舞い、侍女を下に見ない物腰、そして相手を思いやる言葉。ほんの数日で、マリアは心から忠誠を誓っていた。
共に仕えるようになった侍女たちも同じだった。王女としての仕事が増え、マリアが人手不足を訴えたときも、彼女は「宛てがあるからしばらく待ってほしい」と穏やかに言った。まさか、その宛てがクレーント王国で苦楽を共にした仲間たちだとは思わなかった。しかも、彼女たちは試験で満点を取り、適性検査でも優秀な結果を出し、何の軋轢もなくこの場に馴染んだ。アリスティアが分け隔てなく接してくれるからこそ、皆が自然と心を寄せたのだ。
支度を終えたその時、部屋の扉がノックされ、クラウスとレイモンドが迎えにやって来た。
扉が開き、二人の視線がアリスティアに注がれた瞬間――言葉が消えた。
白を基調としたマーメイドラインのドレスに、金と水色の精緻な刺繍。胸元にはアクアマリンを中心に、周囲を小粒のダイヤモンドが取り囲むネックレス。耳元にも揃いのアクアマリンが揺れる。普段は下ろしている髪は高くまとめられ、色とりどりの宝石をあしらった髪飾りが光を受けて輝いていた。
普段はほとんど化粧をしない彼女が、この日は柔らかくも華やかな化粧を施され、気品の中に凛とした大人びた美しさが宿っていた。もともと美しい人だったが、今日は息を呑むほど洗練されている。
「……クラウス、レイモンド? 変じゃないかしら?」
声を掛けられるまで固まっていた二人は、我に返ったように息をついた。
「……あまりに美しすぎて、言葉が出なかった。アリスティア、本当に綺麗だ」クラウスが静かに言い、
「ええ……息を吸うのも忘れていたくらいです」レイモンドも同じく賛辞を送った。
アリスティアは頬を染め、「ありがとう。侍女たちのおかげよ。みんな、本当にありがとう」と微笑みかける。その言葉に、侍女たちは胸を張り、誇らしげに会釈した。
三人は並んで会場へと向かう。歩きながら、クラウスとレイモンドは、今日この姿を見た多くの者が彼女に恋い焦がれるだろうと想像し、自然と握る手に力がこもった。アリスティアが小さな声で「今日は離れないで、ずっとそばにいてね」と頼むと、二人はさらにその手を離せなくなった。
会場の扉の前に立ったとき、ふっとアリスティアの表情が変わる。柔らかな笑顔が消え、王女としての冷静な面差しが浮かんだ。その瞬間、二人は彼女の覚悟を感じ取った。
「アリスティア王女様、並びにサンジェル伯爵家クラウス様、リジェス子爵家レイモンド様、入場です」
扉が開かれ、アリスティアはアルカイックスマイルを浮かべ、堂々と歩み出た。無数の視線と羨望を浴びても、その背筋は揺るがない。
王族の席へと進み、ライデン王が立ち上がる。
「本日は、アリスティアの十六歳の誕生日とお披露目式に参列してくれたこと、心より感謝する。この度、アイリス女王陛下と私の娘であるアリスティア王女がクレーント王国で見つかり、我が国に帰還した。王族としての血筋を疑う者もあろう。ゆえに、ここで王族直系の証を示す。アリスティア、こちらへ」
促されるまま、アリスティアは準備された大きな水晶に手を翳した。
瞬間、水晶は七色の光を放ち、その光は柱となって天井を突き抜け、天井に埋め込まれた巨大な水晶へ吸い込まれていく。空気が一変し、威圧感と神々しさが場を満たす中、頭上から女神が舞い降りた。
『我は海の女神。我が愛し子の帰還、嬉しく思う。――アリスティア、おかえり』
そう告げ、額にそっと口づけると、女神はすうっと姿を消した。
静寂のあと、会場は割れんばかりの歓声に包まれる。長く次期王女不在に不安を抱いていた人々にとって、それは安堵と感謝の爆発だった。
アリスティアは予想外の出来事に驚きながらも、会場中に広がる晴れやかな表情と、同じく驚き顔の父と母を見て、思わず笑みをこぼした。その素の笑顔を見て、クラウスとレイモンドは「このままでは皆が見惚れてしまう」と直感し、さりげなく立ち位置をずらして彼女を隠した。
場を収めたのは、母アイリス女王だった。
「皆、これで我が娘だと信じてくれたと思う。では、グラスを」
給仕が全員にグラスを配り終えると、女王は高らかに告げる。
「アリスティアの帰還と、十六歳の誕生日を祝って――乾杯!」
「乾杯!」
乾杯の後、ライデン王がもう一つ報告を加える。
「そして、アリスティアの王配は、ここにいるクラウスとレイモンドに決まった。挙式は半年後とする」
予想外の発表に、会場の一部ではざわめきが走る。中には王配の座を狙っていた者もいたのだろう。しかし、アリスティアはすぐに立ち上がり、静かに場を見渡して言った。
「本日は私のためにお集まりいただき、心より感謝申し上げます。この度、ご縁あってクラウス様、レイモンド様と出会いました。三人でこの国を導いてまいりますので、どうかお力添えを」
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