白い結婚の行方

宵森みなと

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第20話 過去のプレゼントの意味

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秋が終わりを告げようとしていたある日――
いつものように騎士団の仕事を終え、少し肩の重みを感じながらレーモンドが屋敷へ戻ると、その空気はどこか、いつもと違っていた。

扉を開けた先にいたのは、普段なら飾らないサラスティナ。けれどその日彼女は、美しいブルーのドレスに身を包み、髪を柔らかく巻いて、年相応以上に大人びた化粧を施していた。
一瞬、誰かと見間違えたほどだった。

「レイ、お帰りなさい」
そう言いながら、少し恥ずかしそうに微笑むその姿は、眩しいほどに美しく――
戸惑うレーモンドの腕をそっと取って、彼女は「さ、エスコートしてくださる?」と促した。

訳も分からぬまま手を引かれるように食堂へ向かうと、扉が開いた瞬間、ぱんっ…と音が響いた。
並んだ使用人たちが一斉に拍手を送り、そして奥には、デュランの笑顔。

「レイ、三十歳のお誕生日、おめでとう」
そう言って、サラスティナが優しく彼を席へと導いた。

そのときになって、ようやくレーモンドは、今日は自分の誕生日だということに気づいた。
昨年は、家族だけで静かに祝ったっけ――そんな記憶をぼんやりと思い出しながらも、なぜ今年はこんなにも盛大に?と不思議に思っていると、

「だって、三十歳って節目じゃない。おじさんの仲間入りね?」
サラスティナがくすっと笑いながら、ラッピングされた箱をそっと差し出してきた。

「レイ、これプレゼント。……開けてみて」

彼女の目がどこかいたずらっぽく光るのを見て、レーモンドは少し照れながらも包みをほどいた。
中に入っていたのは、重厚感のある金属のバンドがついた、腕に巻くタイプの時計。

「これはね、来年からリュモン子爵家で本格的に生産される予定の新しい時計なの。でも、レイのは特注品」

そう言って、サラスティナはその時計の説明を始めた。
精神魔法の無効化、異常状態の回復、さらには防御機能と方向感知、通信機能まで備えているという。

「レイと、私だけのオリジナルよ」
彼女はそう言って、どこか誇らしげに笑った。

レーモンドは、しばし呆然とした。
これはただの時計ではない。魔道具として見ても、恐ろしく高価な代物だ。
彼女が、こんなものを……自分のために?

おそるおそる、それを腕に巻いてみる。
サラスティナが「文字盤を一回、タップして」と言うので、その通りにすると、空中に方位が浮かび上がった。
二回タップすると、今度は身体の状態が表示された。

「最後に、私の名前を呼んでみて?」

戸惑いながらも「……サラスティナ」と名を呼ぶと、どこか離れた場所から、彼女の声が応答してきた。

サラスティナは、自分の腕につけたブレスレットを三回タップすると、それが時計のように変わり、「レーモンド」と呼びかけた。
その瞬間、レーモンドの腕から、彼女の声が聴こえてきた。

「サラ……こんなもの、どうやって……」

震える声でそう尋ねると、サラスティナは少し得意そうに、けれど柔らかく微笑んで答えた。

「デューお父様もご存知だけどね、祖母の祖国――テストニア帝国から、試作品なんかが時々届くの。母の弟……つまり、私の叔父が今でも帝国にいて、頼んでおいたのよ、レイのために」

そう言って、少し誇らしげに彼の顔を見つめた。

その瞬間だった。

レーモンドの頭の中に、ぼんやりとした記憶が蘇った。
前の人生で、サラスティナと離縁後、後悔ばかりを抱えていたあの日々。
部屋の奥で見つけた、開けずに放置していた箱。
中に入っていたのは、この時計と、父の短い書き置き。

“サラスティナからの、30歳の誕生日祝いだ。”

あのときは、時計を見つめても何も感じられなかった。
ただ、彼女を思い出すのが辛すぎて――机の奥にしまい込んだ。

それが、今、目の前で。
彼女自身の手で、再び届けられた。

その事実に、胸がいっぱいになり、気づけば涙が頬を伝っていた。

「サラ……サラ……ありがとう。……うっ……愛してる……愛してるよ……」

こらえきれずに泣き出したレーモンドを、サラスティナは何も言わず抱き締め、背を撫でた。

「ふふ。感動、してくれた?」

小さく問いかける声に、彼は何度も頷くしかなかった。



やがて落ち着いた頃、ようやく本格的な誕生日パーティーが始まった。
皆、サラスティナの贈り物の後では少しばかり気後れしていたが、それでも心のこもった贈り物をひとつひとつ渡してくれた。

最後に、デュランが小箱を差し出した。

「これは、代々マイラス侯爵家に伝わる指輪だ。……対になっている。レーモンド、お前の“生涯、ただ一人の奥さん”に渡しなさい」

そう言われて、レーモンドは反射的に振り返った。

「サラ……サラスティナは、俺の“ただ一人”だ。……この指輪、指につけてもいいか?」

彼女は一瞬、目を伏せたまま答えなかったが、やがて静かに言った。

「……それは、ちゃんと“白い結婚”が終わってからで……」

レーモンドは、真剣なまなざしで彼女を見つめ、頭を下げた。

「それでも……たとえ、もしも振られたとしても。俺の心は、サラスティナ一人だけだ。……生涯、変わらない。だから……今、つけさせてほしい」

しばらくの沈黙のあと、サラスティナは少しだけ困ったように微笑んで、そっと手を差し出した。

「……もう、ほんとにバカな人ね」

レーモンドは、震える指でその指にゆっくりと指輪を嵌めた。
ぴたりと収まるその感触に、胸が熱くなった。

そしてその指輪にそっと唇を落とし、静かに誓った。

「……生涯、君だけを愛するよ」

その言葉は、誰に聞かせるでもなく――ただ、彼女にだけ向けられた、真実の誓いだった。
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