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第3話 これは……恋ではありません、たぶん推しです
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翌日。朝の鐘が鳴るより早く、学院に異例の来客があった。
それは、黒と蒼を基調とした制服に身を包んだ、一糸乱れぬ列を組んだ魔法師団の一団。黒鷹の紋章を纏う彼らが学園に現れたこと自体、異例中の異例らしい。
けれど私は、その異常事態の渦中にいた。なぜなら——
「クラリス・エルバーデ嬢、魔法師団との面談をお願いします。場所は理事長室です」
昨日の演習で、うっかり暴発した王子の火球を氷の壁で防いだ罪(?)により、魔法師団まで出て来た案件で学園内が軽くざわついていた。学園の簡易検査の結果は「全属性適性」。これまで水と光と判定されていたものが、なぜ入学してすぐに変わったのか。それを調査すべく、魔法師団が直々に動いた、ということらしい。
しかも、今日は“団長自ら”の面談。
団長。おそらく地位と経験を積んだ年齢の方。魔法の総本山とも呼ばれる魔法師団の長である。落ち着いた佇まい、厳格な判断力、理論と規律の化身のような存在。
──お願いです、せめて“見た目”が私の守備範囲でありますように。
*
理事長室の扉をノックし、通された瞬間、私は確信した。
……勝った。
部屋の奥、書棚と魔法図が整然と並ぶ空間の中心。背を伸ばして椅子に座るその人物は、まさに“枯れ専の理想系”。
銀の髪は丁寧に撫でつけられ、オールバックの髪型が高い額と切れ長の目元を際立たせている。黒縁の眼鏡越しの視線は冷ややかに見えて、その奥に静かな炎を秘めている。制服の着こなしは完璧で、白手袋まで品がある。
年齢は……おそらく四十代前半。ドストライク。
この出会い、出会ってから三秒で一目惚れです。
「お入りなさい。お時間をいただき感謝します、エルバーデ嬢」
低く落ち着いた声が、空気を震わせる。はい、完全に音域も好みです。震えました。いや、震えてません。外見上は。
「恐れ入ります。……お手を煩わせてしまい、申し訳ありません」
なんとか声を取り繕いながら席に着く。隣には白髪に白髭の理事長がいるが……ごめんなさい、そちらは推し範囲外ですので。
「私は魔法師団長、イザーク・ローヴェンハーツ。魔法に関する総合調査を管轄しております。今回、入学時の診断と現在の判定に食い違いが見られたため、事実確認の面談に至りました」
団長が話す間、私は極力まっすぐ彼の目を見るように心がけていた。が、見すぎていたらしい。
……あっ、しまった、ガン見してるわ私。
とっさに視線を逸らすふりをして目を伏せるが、その動きがまるで緊張と羞恥によるものに見えたのか——
「……怖がらせてしまいましたか?」
ああ、違うんです。ただの、あなたのビジュアルに脳がついていけてないだけなんです。
「い、いえ……。団長閣下のような高名な方とお話できるのが、恐れ多くて……」
頬をほんのり染めてみせる。意図してではない。割と自然に染まった。推しとは尊い。
団長は、ふと視線を伏せ、それからわずかに眉を緩めた。その笑みとは言えない微かな変化を、私は見逃さなかった。そして——
周囲で控えていた団員のひとりが、明らかに目を見開いていた。
(団長が……表情、和らげた……?)
どうやら、めったに表情を動かさない方らしい。そのことにまた、胸がどきどきする。
*
「それで……属性変化の件ですが」
団長の声で、思考が現実に戻る。
「何か、きっかけのようなものに心当たりは?」
あります。ありますけれど、前世を思い出したから、なんて言ったら、確実に魔法師団の記録に“精神的不安定な可能性”とか書かれる未来しか見えない。
「……昨日の件が、きっかけだったのかもしれません」
「昨日の?」
「はい。火球が……友人に向かって飛んできて。とっさに、“守らなくては”と思ったら、氷の魔法が出たのです。それまで自分が水属性だとは思っていても、氷属性まであるとは、夢にも思っていませんでした」
沈黙。団長は静かに私の言葉を聞いていた。視線は冷静。けれど、その奥に探るような色が見える。
「魔法は、心の在り方に応じて変化するものです。だが……」
彼の言葉は途中で止まった。何か引っかかるものがあるのかもしれない。
「……まあ、面談はこれで一区切りとしましょう。ただし」
「は、はい……?」
「今後も経過を見たい。適性が一過性の変化なのか、あるいは根源から変わったものか、判断には時間が必要だ。……定期的に話を聞かせてもらってもいいか?」
…………えっ、えっ、なにそれ、定期面談!?
「もちろんですわ。……私でお役に立てることがあれば、いつでも」
優雅に答えながら、内心では飛び跳ねそうな自分を必死に抑えていた。
これは……もう、完全に神様ありがとう案件。
「では、後ほど別室で適性の測定を受けていただきます。副団長が立ち会いますので」
「はい、承知しました」
副団長も、見た感じなかなか素敵な方だった。黒髪長身、年齢も三十代後半かしら。うん、確かに推しゾーン。しかし、今の私はブレない。ドストライクが目の前にいるのだから。
面談を終えて席を立ったとき、団長と目が合った。
「……ありがとう。冷静な判断だった」
あ、笑った。ほんの少しだけ、口元が緩んだ。
この一瞬だけで、今週の元気はいただきました。
*
その日の午後、測定室で魔力量や属性反応の詳しい検査を受けた。結果はやはり、全属性。魔力もかなり高いとの事。水と風の反応が強く、水属性の上位氷の適性も最も高いと判定された。
でも、そんなことはもうどうでもいい。
この世界に転生して、初めて「生きててよかった」と思ったのだ。
次回の面談は、来週。
……ふふ、服装、少し気をつけてみようかしら。
モブとして生きるつもりだったけれど、人生、何が起こるかわからないものだわ。
それは、黒と蒼を基調とした制服に身を包んだ、一糸乱れぬ列を組んだ魔法師団の一団。黒鷹の紋章を纏う彼らが学園に現れたこと自体、異例中の異例らしい。
けれど私は、その異常事態の渦中にいた。なぜなら——
「クラリス・エルバーデ嬢、魔法師団との面談をお願いします。場所は理事長室です」
昨日の演習で、うっかり暴発した王子の火球を氷の壁で防いだ罪(?)により、魔法師団まで出て来た案件で学園内が軽くざわついていた。学園の簡易検査の結果は「全属性適性」。これまで水と光と判定されていたものが、なぜ入学してすぐに変わったのか。それを調査すべく、魔法師団が直々に動いた、ということらしい。
しかも、今日は“団長自ら”の面談。
団長。おそらく地位と経験を積んだ年齢の方。魔法の総本山とも呼ばれる魔法師団の長である。落ち着いた佇まい、厳格な判断力、理論と規律の化身のような存在。
──お願いです、せめて“見た目”が私の守備範囲でありますように。
*
理事長室の扉をノックし、通された瞬間、私は確信した。
……勝った。
部屋の奥、書棚と魔法図が整然と並ぶ空間の中心。背を伸ばして椅子に座るその人物は、まさに“枯れ専の理想系”。
銀の髪は丁寧に撫でつけられ、オールバックの髪型が高い額と切れ長の目元を際立たせている。黒縁の眼鏡越しの視線は冷ややかに見えて、その奥に静かな炎を秘めている。制服の着こなしは完璧で、白手袋まで品がある。
年齢は……おそらく四十代前半。ドストライク。
この出会い、出会ってから三秒で一目惚れです。
「お入りなさい。お時間をいただき感謝します、エルバーデ嬢」
低く落ち着いた声が、空気を震わせる。はい、完全に音域も好みです。震えました。いや、震えてません。外見上は。
「恐れ入ります。……お手を煩わせてしまい、申し訳ありません」
なんとか声を取り繕いながら席に着く。隣には白髪に白髭の理事長がいるが……ごめんなさい、そちらは推し範囲外ですので。
「私は魔法師団長、イザーク・ローヴェンハーツ。魔法に関する総合調査を管轄しております。今回、入学時の診断と現在の判定に食い違いが見られたため、事実確認の面談に至りました」
団長が話す間、私は極力まっすぐ彼の目を見るように心がけていた。が、見すぎていたらしい。
……あっ、しまった、ガン見してるわ私。
とっさに視線を逸らすふりをして目を伏せるが、その動きがまるで緊張と羞恥によるものに見えたのか——
「……怖がらせてしまいましたか?」
ああ、違うんです。ただの、あなたのビジュアルに脳がついていけてないだけなんです。
「い、いえ……。団長閣下のような高名な方とお話できるのが、恐れ多くて……」
頬をほんのり染めてみせる。意図してではない。割と自然に染まった。推しとは尊い。
団長は、ふと視線を伏せ、それからわずかに眉を緩めた。その笑みとは言えない微かな変化を、私は見逃さなかった。そして——
周囲で控えていた団員のひとりが、明らかに目を見開いていた。
(団長が……表情、和らげた……?)
どうやら、めったに表情を動かさない方らしい。そのことにまた、胸がどきどきする。
*
「それで……属性変化の件ですが」
団長の声で、思考が現実に戻る。
「何か、きっかけのようなものに心当たりは?」
あります。ありますけれど、前世を思い出したから、なんて言ったら、確実に魔法師団の記録に“精神的不安定な可能性”とか書かれる未来しか見えない。
「……昨日の件が、きっかけだったのかもしれません」
「昨日の?」
「はい。火球が……友人に向かって飛んできて。とっさに、“守らなくては”と思ったら、氷の魔法が出たのです。それまで自分が水属性だとは思っていても、氷属性まであるとは、夢にも思っていませんでした」
沈黙。団長は静かに私の言葉を聞いていた。視線は冷静。けれど、その奥に探るような色が見える。
「魔法は、心の在り方に応じて変化するものです。だが……」
彼の言葉は途中で止まった。何か引っかかるものがあるのかもしれない。
「……まあ、面談はこれで一区切りとしましょう。ただし」
「は、はい……?」
「今後も経過を見たい。適性が一過性の変化なのか、あるいは根源から変わったものか、判断には時間が必要だ。……定期的に話を聞かせてもらってもいいか?」
…………えっ、えっ、なにそれ、定期面談!?
「もちろんですわ。……私でお役に立てることがあれば、いつでも」
優雅に答えながら、内心では飛び跳ねそうな自分を必死に抑えていた。
これは……もう、完全に神様ありがとう案件。
「では、後ほど別室で適性の測定を受けていただきます。副団長が立ち会いますので」
「はい、承知しました」
副団長も、見た感じなかなか素敵な方だった。黒髪長身、年齢も三十代後半かしら。うん、確かに推しゾーン。しかし、今の私はブレない。ドストライクが目の前にいるのだから。
面談を終えて席を立ったとき、団長と目が合った。
「……ありがとう。冷静な判断だった」
あ、笑った。ほんの少しだけ、口元が緩んだ。
この一瞬だけで、今週の元気はいただきました。
*
その日の午後、測定室で魔力量や属性反応の詳しい検査を受けた。結果はやはり、全属性。魔力もかなり高いとの事。水と風の反応が強く、水属性の上位氷の適性も最も高いと判定された。
でも、そんなことはもうどうでもいい。
この世界に転生して、初めて「生きててよかった」と思ったのだ。
次回の面談は、来週。
……ふふ、服装、少し気をつけてみようかしら。
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