枯れ専モブ令嬢のはずが…どうしてこうなった!

宵森みなと

文字の大きさ
4 / 54

第3話 これは……恋ではありません、たぶん推しです

しおりを挟む
翌日。朝の鐘が鳴るより早く、学院に異例の来客があった。

それは、黒と蒼を基調とした制服に身を包んだ、一糸乱れぬ列を組んだ魔法師団の一団。黒鷹の紋章を纏う彼らが学園に現れたこと自体、異例中の異例らしい。

けれど私は、その異常事態の渦中にいた。なぜなら——

「クラリス・エルバーデ嬢、魔法師団との面談をお願いします。場所は理事長室です」

昨日の演習で、うっかり暴発した王子の火球を氷の壁で防いだ罪(?)により、魔法師団まで出て来た案件で学園内が軽くざわついていた。学園の簡易検査の結果は「全属性適性」。これまで水と光と判定されていたものが、なぜ入学してすぐに変わったのか。それを調査すべく、魔法師団が直々に動いた、ということらしい。

しかも、今日は“団長自ら”の面談。

団長。おそらく地位と経験を積んだ年齢の方。魔法の総本山とも呼ばれる魔法師団の長である。落ち着いた佇まい、厳格な判断力、理論と規律の化身のような存在。
──お願いです、せめて“見た目”が私の守備範囲でありますように。



理事長室の扉をノックし、通された瞬間、私は確信した。

……勝った。

部屋の奥、書棚と魔法図が整然と並ぶ空間の中心。背を伸ばして椅子に座るその人物は、まさに“枯れ専の理想系”。

銀の髪は丁寧に撫でつけられ、オールバックの髪型が高い額と切れ長の目元を際立たせている。黒縁の眼鏡越しの視線は冷ややかに見えて、その奥に静かな炎を秘めている。制服の着こなしは完璧で、白手袋まで品がある。

年齢は……おそらく四十代前半。ドストライク。
この出会い、出会ってから三秒で一目惚れです。

「お入りなさい。お時間をいただき感謝します、エルバーデ嬢」

低く落ち着いた声が、空気を震わせる。はい、完全に音域も好みです。震えました。いや、震えてません。外見上は。

「恐れ入ります。……お手を煩わせてしまい、申し訳ありません」

なんとか声を取り繕いながら席に着く。隣には白髪に白髭の理事長がいるが……ごめんなさい、そちらは推し範囲外ですので。

「私は魔法師団長、イザーク・ローヴェンハーツ。魔法に関する総合調査を管轄しております。今回、入学時の診断と現在の判定に食い違いが見られたため、事実確認の面談に至りました」

団長が話す間、私は極力まっすぐ彼の目を見るように心がけていた。が、見すぎていたらしい。

……あっ、しまった、ガン見してるわ私。

とっさに視線を逸らすふりをして目を伏せるが、その動きがまるで緊張と羞恥によるものに見えたのか——

「……怖がらせてしまいましたか?」

ああ、違うんです。ただの、あなたのビジュアルに脳がついていけてないだけなんです。

「い、いえ……。団長閣下のような高名な方とお話できるのが、恐れ多くて……」

頬をほんのり染めてみせる。意図してではない。割と自然に染まった。推しとは尊い。

団長は、ふと視線を伏せ、それからわずかに眉を緩めた。その笑みとは言えない微かな変化を、私は見逃さなかった。そして——

周囲で控えていた団員のひとりが、明らかに目を見開いていた。

(団長が……表情、和らげた……?)

どうやら、めったに表情を動かさない方らしい。そのことにまた、胸がどきどきする。



「それで……属性変化の件ですが」

団長の声で、思考が現実に戻る。

「何か、きっかけのようなものに心当たりは?」

あります。ありますけれど、前世を思い出したから、なんて言ったら、確実に魔法師団の記録に“精神的不安定な可能性”とか書かれる未来しか見えない。

「……昨日の件が、きっかけだったのかもしれません」

「昨日の?」

「はい。火球が……友人に向かって飛んできて。とっさに、“守らなくては”と思ったら、氷の魔法が出たのです。それまで自分が水属性だとは思っていても、氷属性まであるとは、夢にも思っていませんでした」

沈黙。団長は静かに私の言葉を聞いていた。視線は冷静。けれど、その奥に探るような色が見える。

「魔法は、心の在り方に応じて変化するものです。だが……」

彼の言葉は途中で止まった。何か引っかかるものがあるのかもしれない。

「……まあ、面談はこれで一区切りとしましょう。ただし」

「は、はい……?」

「今後も経過を見たい。適性が一過性の変化なのか、あるいは根源から変わったものか、判断には時間が必要だ。……定期的に話を聞かせてもらってもいいか?」

…………えっ、えっ、なにそれ、定期面談!?

「もちろんですわ。……私でお役に立てることがあれば、いつでも」

優雅に答えながら、内心では飛び跳ねそうな自分を必死に抑えていた。

これは……もう、完全に神様ありがとう案件。

「では、後ほど別室で適性の測定を受けていただきます。副団長が立ち会いますので」

「はい、承知しました」

副団長も、見た感じなかなか素敵な方だった。黒髪長身、年齢も三十代後半かしら。うん、確かに推しゾーン。しかし、今の私はブレない。ドストライクが目の前にいるのだから。

面談を終えて席を立ったとき、団長と目が合った。

「……ありがとう。冷静な判断だった」

あ、笑った。ほんの少しだけ、口元が緩んだ。
この一瞬だけで、今週の元気はいただきました。



その日の午後、測定室で魔力量や属性反応の詳しい検査を受けた。結果はやはり、全属性。魔力もかなり高いとの事。水と風の反応が強く、水属性の上位氷の適性も最も高いと判定された。

でも、そんなことはもうどうでもいい。
この世界に転生して、初めて「生きててよかった」と思ったのだ。

次回の面談は、来週。
……ふふ、服装、少し気をつけてみようかしら。

モブとして生きるつもりだったけれど、人生、何が起こるかわからないものだわ。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

断罪されてムカついたので、その場の勢いで騎士様にプロポーズかましたら、逃げれんようなった…

甘寧
恋愛
主人公リーゼは、婚約者であるロドルフ殿下に婚約破棄を告げられた。その傍らには、アリアナと言う子爵令嬢が勝ち誇った様にほくそ笑んでいた。 身に覚えのない罪を着せられ断罪され、頭に来たリーゼはロドルフの叔父にあたる騎士団長のウィルフレッドとその場の勢いだけで婚約してしまう。 だが、それはウィルフレッドもその場の勢いだと分かってのこと。すぐにでも婚約は撤回するつもりでいたのに、ウィルフレッドはそれを許してくれなくて…!? 利用した人物は、ドSで自分勝手で最低な団長様だったと後悔するリーゼだったが、傍から見れば過保護で執着心の強い団長様と言う印象。 周りは生暖かい目で二人を応援しているが、どうにも面白くないと思う者もいて…

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

【完結】氷の王太子に嫁いだら、毎晩甘やかされすぎて困っています

22時完結
恋愛
王国一の冷血漢と噂される王太子レオナード殿下。 誰に対しても冷たく、感情を見せることがないことから、「氷の王太子」と恐れられている。 そんな彼との政略結婚が決まったのは、公爵家の地味な令嬢リリア。 (殿下は私に興味なんてないはず……) 結婚前はそう思っていたのに―― 「リリア、寒くないか?」 「……え?」 「もっとこっちに寄れ。俺の腕の中なら、温かいだろう?」 冷酷なはずの殿下が、新婚初夜から優しすぎる!? それどころか、毎晩のように甘やかされ、気づけば離してもらえなくなっていた。 「お前の笑顔は俺だけのものだ。他の男に見せるな」 「こんなに可愛いお前を、冷たく扱うわけがないだろう?」 (ちょ、待ってください! 殿下、本当に氷のように冷たい人なんですよね!?) 結婚してみたら、噂とは真逆で、私にだけ甘すぎる旦那様だったようです――!?

『婚約なんて予定にないんですが!? 転生モブの私に公爵様が迫ってくる』

ヤオサカ
恋愛
この物語は完結しました。 現代で過労死した原田あかりは、愛読していた恋愛小説の世界に転生し、主人公の美しい姉を引き立てる“妹モブ”ティナ・ミルフォードとして生まれ変わる。今度こそ静かに暮らそうと決めた彼女だったが、絵の才能が公爵家嫡男ジークハルトの目に留まり、婚約を申し込まれてしまう。のんびり人生を望むティナと、穏やかに心を寄せるジーク――絵と愛が織りなす、やがて幸せな結婚へとつながる転生ラブストーリー。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について

えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。 しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。 その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。 死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。 戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?

はくら(仮名)
恋愛
 ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。 ※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。

処理中です...