枯れ専モブ令嬢のはずが…どうしてこうなった!

宵森みなと

文字の大きさ
6 / 54

第5話 その眼差しに心を射抜かれ、刺さりそうになったのは氷の矢でした

しおりを挟む
春の空はやわらかに晴れ、風が甘く枝を揺らす。

そんな穏やかな日だったはずなのに、私の心臓はずっと騒がしかった。なぜなら今日は、団長との面談を兼ねた魔法訓練——成果の確認として、魔法演習場で直接見ていただく機会をいただいたから。

団員の立ち合いのもと、私は今日も全属性訓練に取り組む。火と風、土と水、そして光と闇……。だが、そのすべてよりも強烈な“圧”を感じるのは、視線だった。

演習場の端、腕を組んで静かに佇む銀髪の団長——イザーク・ローヴェンハーツ閣下。

姿勢も目線も、まるで彫像のように動かず凛としているのに、こちらの鼓動ばかりがどんどん速くなる。

《……その眼鏡の奥の冷静な氷のまなざしが、真っ直ぐに私を貫いて……ああ、まるで心臓を掴まれるような……》

などとポエムが頭の中を駆け巡っていた、そのときだった。

「……《氷槍、飛翔せよ》」

私が放った氷の矢が、一直線に標的に向かって飛んだ——はずが。

……なぜか、途中で軌道を変え、Uターンして戻ってくる。

「えっ、ちょっ、待って、それ私に来て——」

氷の矢は、まっすぐ私の胸元へと突き刺さろうとしていた。

逃げる間もなく、ただ固まる私。その瞬間、凍てついた空気を裂くように腕が伸びた。

「下がれッ!」

声と同時に、強い腕が私を抱き寄せ、氷の矢を空中で打ち消す魔力の波動が放たれた。

「……!」

至近距離。香るのは墨と書物と魔力の混じる落ち着いた香り。顎のすぐそばにある、団長の制服の襟。冷たいはずの空気の中で、彼の体温だけが妙に鮮やかだった。

けれど、それはほんの一瞬だった。

「訓練中に何を考えているんだ、死にたいのか!」

咄嗟の怒声に、私ははっと顔を上げた。団長の顔が近すぎて、それだけで顔が熱くなる。

「……っ、すみませんっ……あの……その……」

気づいたときには、目に涙が滲んでいた。羞恥と驚きと、それから——何よりも“嬉しさ”で、頭がぐるぐるしていた。

「……団長の、眼差しが……胸に刺さって……ドキドキするって……考えてたら……魔法が……」

ぽそりと漏らした言葉は、もはや自分でも止められなかった。そして次の瞬間、気づけば団長の胸元の制服を、私はぎゅっと握っていた。

見上げる。涙目のまま、そっと。

団長の瞳が見開かれる。その頬が、薄く紅に染まった。

息を飲む音がした。団員たちが遠巻きに沈黙する気配すら伝わる。たぶん皆、固まっている。

団長も、明らかに固まっていた。

数秒後、彼は控えめに咳払いをして、わずかに目を逸らした。

「……とにかく。訓練中は、真剣に挑むように」

そう言って、私をそっと放した。

抱きしめられていた温もりが離れる。その喪失感と残念さ、けれど“推しが照れた”という高揚感が、複雑に胸の中を交錯する。

「……申し訳ありません、団長閣下。以後、気を引き締めて参ります」

なんとか気を取り直して頭を下げたとき、団長はほんの僅かに頷いた。声には出さなかったが、受け入れてくださったのだと信じたい。



その日の夜、魔法師団本部では。

「……クラリス・エルバーデ嬢の件ですが、報告いたします」

副団長——ロイド・グレイヴが、団長に静かに報告を上げていた。

「はい、魔力量は日に日に増加しており、魔法の習得速度も異常と言って良いほどです。属性間の偏りも少なく、どの属性も上位魔法の初歩を短期間で習得しています」

「……ふむ」

団長は静かに頷く。目を伏せたその姿はいつも通り、変わらぬ冷静さを保っていた。

「ただし——」と、ロイドが口調を変える。

「彼女があそこまで感情を露にするのは、団長閣下の前だけです。普段の訓練では凛として、むしろ冷静すぎるほどで、他の団員とも程よい距離を保っていますが……今日は、まるで別人のようでした」

「…………そうか」

言葉を返すまで、数秒かかった。

「年齢差が三十を超えるとはいえ、彼女の態度には、明らかな好意が感じられます」

「……」

団長は返答をせず、ただ目を伏せたまま、ゆっくりと息を吐いた。

なぜ、あの少女だけが自分にあれほどまっすぐな眼差しを向けてくるのか。
なぜ、こんなにも距離の取り方がわからないのか。

そうして今夜も、彼の静かな逡巡は続いていた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

断罪されてムカついたので、その場の勢いで騎士様にプロポーズかましたら、逃げれんようなった…

甘寧
恋愛
主人公リーゼは、婚約者であるロドルフ殿下に婚約破棄を告げられた。その傍らには、アリアナと言う子爵令嬢が勝ち誇った様にほくそ笑んでいた。 身に覚えのない罪を着せられ断罪され、頭に来たリーゼはロドルフの叔父にあたる騎士団長のウィルフレッドとその場の勢いだけで婚約してしまう。 だが、それはウィルフレッドもその場の勢いだと分かってのこと。すぐにでも婚約は撤回するつもりでいたのに、ウィルフレッドはそれを許してくれなくて…!? 利用した人物は、ドSで自分勝手で最低な団長様だったと後悔するリーゼだったが、傍から見れば過保護で執着心の強い団長様と言う印象。 周りは生暖かい目で二人を応援しているが、どうにも面白くないと思う者もいて…

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

【完結】氷の王太子に嫁いだら、毎晩甘やかされすぎて困っています

22時完結
恋愛
王国一の冷血漢と噂される王太子レオナード殿下。 誰に対しても冷たく、感情を見せることがないことから、「氷の王太子」と恐れられている。 そんな彼との政略結婚が決まったのは、公爵家の地味な令嬢リリア。 (殿下は私に興味なんてないはず……) 結婚前はそう思っていたのに―― 「リリア、寒くないか?」 「……え?」 「もっとこっちに寄れ。俺の腕の中なら、温かいだろう?」 冷酷なはずの殿下が、新婚初夜から優しすぎる!? それどころか、毎晩のように甘やかされ、気づけば離してもらえなくなっていた。 「お前の笑顔は俺だけのものだ。他の男に見せるな」 「こんなに可愛いお前を、冷たく扱うわけがないだろう?」 (ちょ、待ってください! 殿下、本当に氷のように冷たい人なんですよね!?) 結婚してみたら、噂とは真逆で、私にだけ甘すぎる旦那様だったようです――!?

『婚約なんて予定にないんですが!? 転生モブの私に公爵様が迫ってくる』

ヤオサカ
恋愛
この物語は完結しました。 現代で過労死した原田あかりは、愛読していた恋愛小説の世界に転生し、主人公の美しい姉を引き立てる“妹モブ”ティナ・ミルフォードとして生まれ変わる。今度こそ静かに暮らそうと決めた彼女だったが、絵の才能が公爵家嫡男ジークハルトの目に留まり、婚約を申し込まれてしまう。のんびり人生を望むティナと、穏やかに心を寄せるジーク――絵と愛が織りなす、やがて幸せな結婚へとつながる転生ラブストーリー。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について

えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。 しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。 その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。 死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。 戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?

はくら(仮名)
恋愛
 ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。 ※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。

処理中です...