枯れ専モブ令嬢のはずが…どうしてこうなった!

宵森みなと

文字の大きさ
30 / 54

第二十九話 国に縛られし未来と、確かな誓い

しおりを挟む
来賓室に重い沈黙が落ちた。アレクサンダー王の言葉が終わると、室内の空気はひときわ重たく、張り詰めたままだった。

「――全属性の適性を持つ者は、王家あるいはその血族へと嫁ぎ、血脈を繋ぐべきと古くより定められている。そして今回、騎士団内の報告により、クラリス嬢が“完全回復”の魔法を行ったと聞いた。これは国家機密に相当する重大な力であり、安易に外へ漏らすわけにはいかぬ」

 王の言葉は淡々としていたが、その背後にある国家としての思惑と重圧は、誰の目にも明らかだった。

「……また年齢差の件もある。若い者ほど多くの子を持てるという意味で、国家的価値が高い。そしてそのような存在が魔法師団に所属しているのは、もはや国家にとって“脅威”ですらある。ゆえに、そなたとの婚約は保留とした。以上が、理由だ」

 理路整然とした説明に誰も口を挟めず、重苦しい空気が流れた。イザークは隣で拳を握りしめ、唇を固く噛み締めていた。

 そんな中、クラリスは王に向かって一歩進み、静かに頭を下げた。

「……陛下、ご発言の許しを賜りたく存じます」

「許す。話してよい」

 その許可が下りると、クラリスは深く一礼し、顔を上げて王の目をまっすぐに見据えた。

「御前にて申し上げるのは恐れ多いことと承知しておりますが――わたくしの“幸せ”は、果たしてそのお言葉の中に含まれておりますでしょうか?」

 一瞬、王の眉がわずかに動いた。

「全属性を得たのは、望んだ結果ではありません。ただ、その力がある以上、国のため、人々のために役立てるのが貴族の務めと信じております。学園では日々魔力制御と訓練に励んで参りました。そして光属性を有することで、騎士団で治癒士見習いとしての研修の機会を得ることができました」

 彼女の声は揺るがず、静かに熱を帯びていた。

「戦いの中で傷ついた騎士様方が、再び立ち上がれるように。その一助となりたい一心で“完全回復”を行いました。それは――この国に命を捧げる方々への、わたくしなりの“恩返し”です。……そして、イザーク様のことは、わたくしが心から憧れ、そして愛する人です。年齢の差など、わたくしにとっては何の問題でもございません。むしろ年上の方に魅かれる性分でございますから……」

 一度、静かに息を吸い込む。そしてはっきりと告げた。

「王族または血族に嫁げと言われるのであれば――わたくしは、嫁いだその日に命を絶ちます。心を捨てて生きるくらいなら、死を選びます」

 室内に一斉に空気が張りつめた。文官たちがざわめきそうになるのを、王の笑い声が遮った。

「ぷっ……ははははは! これは見事。イザークを落としたと聞いてはいたが、なるほど、それだけの胆力がある娘というわけだな」

 王は愉快そうに目を細め、続けた。

「よい。そこまでの覚悟と責務を持っているのならば、婚約の許可を与える。ただし条件がある」

 そう言って、再び王は厳しい声に戻った。

「完全回復の力については守秘義務を課す。王命としての機密契約に署名し、以後はその力を王直属の管理下に置く。治癒行為も含め、すべて王城内での対応とする。また、全属性魔法の訓練も、魔法師団ではなく王城内で専属指導を受けよ。そして何より、そなたの存在は他国にとって標的となる。ゆえに、学園は飛び級での卒業を目指し、半年以内に終えること。その後はマークレン宰相のもとで働き、国家への奉仕に入るのだ」

 そして、最後に言い放った。

「卒業と同時にイザークおよびライナルトとの婚姻を行い、可能な限り早く血脈を残せ。これは“王命”である」

 そう言い残すと、アレクサンダー王は一切の返答を待たず背を向け、堂々と部屋を後にした。

場に残ったマークレン宰相は、涼しい顔で机の上に契約書と羽根ペンを置いた。

「……王命は下りました。あとは契約と手続きのみになります。冷静に対処されたし」

 クラリスは深く息を吸い、吐いた。両の頬を軽く叩いて気合いを入れ直し、席に着いた。書類に目を通しながら、横に立つイザークに目を向けて、そっと言葉をかける。

「イザーク様。……わたくし、どれほど厳しい環境に置かれても、自分を見失わず、進みたいと思っています。でも……もし、この先の事を考え、わたくしの事面倒になったとお思いになりましたら、今この場で、遠慮なく捨ててください」

 声が震えそうになるのを必死で抑えた。だが、イザークはすぐに声を荒げた。

「捨てるわけがないだろう! ……クラリスを失うなんて、考えるだけで耐えられない。絶対に君を守る。何があっても、だ」

 クラリスは静かに微笑んだ。そして、もう一度、イザークを見つめた。

「イーくん、わたくしの未来には、あなたの“妻”になり、いつも隣にてお互い幸せな夫婦としての姿がはっきりと見えています。たとえ制約があっても、共に家族として、一緒に未来を築いて行きましょう」

 そう言って、ためらうことなくイザークを抱きしめた。その様子を見て、マークレン宰相は小さく咳払いをしたが、誰も止めなかった。

「……さて、私のことも忘れてもらっては困るな」

 そう口を挟んだのは、ずっと黙っていたライナルトだった。彼は少しだけ視線を逸らしつつ、静かに言った。

「王命で、君に強制はしたくなかった。ただ……クラリス嬢がそれでも構わないと思ってくれるなら、俺は心から……君の夫になりたい。イザークと“分かち合う”形になるのは複雑だが、それでも構わない。クラリスを幸せにしたいと思ってる」

 その言葉に、クラリスは穏やかに笑った。

「では……あとは行動あるのみ、ですわね」

 晴れやかな顔で、彼女はペンを取り、契約書にサインを入れた。

 ――運命に縛られようとも、心までは奪わせない。そう決めた少女の、覚悟の一筆だった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

断罪されてムカついたので、その場の勢いで騎士様にプロポーズかましたら、逃げれんようなった…

甘寧
恋愛
主人公リーゼは、婚約者であるロドルフ殿下に婚約破棄を告げられた。その傍らには、アリアナと言う子爵令嬢が勝ち誇った様にほくそ笑んでいた。 身に覚えのない罪を着せられ断罪され、頭に来たリーゼはロドルフの叔父にあたる騎士団長のウィルフレッドとその場の勢いだけで婚約してしまう。 だが、それはウィルフレッドもその場の勢いだと分かってのこと。すぐにでも婚約は撤回するつもりでいたのに、ウィルフレッドはそれを許してくれなくて…!? 利用した人物は、ドSで自分勝手で最低な団長様だったと後悔するリーゼだったが、傍から見れば過保護で執着心の強い団長様と言う印象。 周りは生暖かい目で二人を応援しているが、どうにも面白くないと思う者もいて…

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について

えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。 しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。 その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。 死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。 戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

【完結】氷の王太子に嫁いだら、毎晩甘やかされすぎて困っています

22時完結
恋愛
王国一の冷血漢と噂される王太子レオナード殿下。 誰に対しても冷たく、感情を見せることがないことから、「氷の王太子」と恐れられている。 そんな彼との政略結婚が決まったのは、公爵家の地味な令嬢リリア。 (殿下は私に興味なんてないはず……) 結婚前はそう思っていたのに―― 「リリア、寒くないか?」 「……え?」 「もっとこっちに寄れ。俺の腕の中なら、温かいだろう?」 冷酷なはずの殿下が、新婚初夜から優しすぎる!? それどころか、毎晩のように甘やかされ、気づけば離してもらえなくなっていた。 「お前の笑顔は俺だけのものだ。他の男に見せるな」 「こんなに可愛いお前を、冷たく扱うわけがないだろう?」 (ちょ、待ってください! 殿下、本当に氷のように冷たい人なんですよね!?) 結婚してみたら、噂とは真逆で、私にだけ甘すぎる旦那様だったようです――!?

悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~

咲月ねむと
恋愛
「君のような地味な女は、王太子妃にふさわしくない。辺境の『魔公爵』のもとへ嫁げ!」 卒業パーティーで婚約破棄を突きつけられた悪役令嬢レティシア。 しかし、前世で日本人調理師だった彼女にとって、堅苦しい王妃教育から解放されることはご褒美でしかなかった。 ​「これで好きな料理が作れる!」 ウキウキで辺境へ向かった彼女を待っていたのは、荒れ果てた別邸と「氷の魔公爵」と恐れられるジルベール公爵。 冷酷無慈悲と噂される彼だったが――その正体は、ただの「極度の偏食家で、常に空腹で不機嫌なだけ」だった!? ​レティシアが作る『肉汁溢れるハンバーグ』『とろとろオムライス』『伝説のプリン』に公爵の胃袋は即陥落。 「君の料理なしでは生きられない」 「一生そばにいてくれ」 と求愛されるが、色気より食い気のレティシアは「最高の就職先ゲット!」と勘違いして……? ​一方、レティシアを追放した王太子たちは、王宮の食事が不味くなりすぎて絶望の淵に。今さら「戻ってきてくれ」と言われても、もう遅いです! ​美味しいご飯で幸せを掴む、空腹厳禁の異世界クッキング・ファンタジー!

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

公爵夫人の気ままな家出冒険記〜「自由」を真に受けた妻を、夫は今日も追いかける〜

平山和人
恋愛
王国宰相の地位を持つ公爵ルカと結婚して五年。元子爵令嬢のフィリアは、多忙な夫の言葉「君は自由に生きていい」を真に受け、家事に専々と引きこもる生活を卒業し、突如として身一つで冒険者になることを決意する。 レベル1の治癒士として街のギルドに登録し、初めての冒険に胸を躍らせるフィリアだったが、その背後では、妻の「自由」が離婚と誤解したルカが激怒。「私から逃げられると思うな!」と誤解と執着にまみれた激情を露わにし、国政を放り出し、精鋭を率いて妻を連れ戻すための追跡を開始する。 冒険者として順調に(時に波乱万丈に)依頼をこなすフィリアと、彼女が起こした騒動の後始末をしつつ、鬼のような形相で迫るルカ。これは、「自由」を巡る夫婦のすれ違いを描いた、異世界溺愛追跡ファンタジーである。

処理中です...