とある魔女の後悔

宵森みなと

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第6話  デブリエル恋文代行屋、開業中

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「リエルちゃん、今日は新鮮なじゃがいもが入ったよ。買っていくかい?」

「ありがとう、おじさん! ちょっと文具屋に寄ってから帰りに寄るわ。ちゃんと取っておいてね」

朝の市場通り。
軽やかな返事を返した“リエル”は、買い物かごを片手に笑顔を浮かべる。
その姿は、どこにでもいる若い平民の娘。けれどその正体は——王国サマリエルの隠密部隊員、アリスティア。

潜入してから、早くも三ヶ月が経っていた。

当初、ジストリアの街で“恋文代行屋”という商売が受け入れられるか不安はあった。
けれど、きっかけは意外なところから転がり込んできた。

文具商会の令嬢、リリカ。
彼女が学園で意中の相手に何度も手紙を出したのに、返事すら来ないと肩を落としていたのだ。

リエルは、さりげなく話を聞き出し——相手の性格、リリカが惹かれた理由、過去のやり取り——
すべてを整理し、彼女の代わりに一本の恋文を書き上げた。

「成功したらでいいから」と代金を受け取らずに渡したその手紙は、見事に彼女の恋を実らせた。

その日以来、文具商会の物はすべて“お礼”として無償提供。
リリカの紹介もあって、じわじわとリエルの噂は街へと広がり、いつしか貴族の耳にも届くようになっていた。

そして——

「リエルさんにぜひお話を伺いたいと、伯爵令嬢セリーヌ様からお名前を挙げていただきまして」

リエルに取材を申し出てきたのは、『王都の煌めき』という新聞の編集長・アデルだった。
面識のなかったその名前を聞いたとき、アリスティアは思わず眉を動かした。

身元を探られぬよう注意しつつ、会ってみることにした。

取材当日。
場所は、庭園を望む明るいカフェテラス。

「こんにちは。初めまして。“デブリエル恋文代行屋”のリエルです」

白いブラウスに落ち着いたグレースカート。髪はひっつめにして、眼鏡をかけた。
慎ましく、平民らしく、でもどこか温かみのある雰囲気。
演じるには慣れている。

「初めまして。わたくし、『王都の煌めき』編集部のアデルと申します」

彼は、理知的な雰囲気を纏った青年だった。
片眼鏡をかけた端整な顔立ち、淀みない所作。おそらく、生粋の貴族なのだろう。

「今日は取材と伺っていますが、どのようなお話を?」

「まずは……屋号について伺いたい。“デブリエル”とは、なぜ?」

リエルはにこりと笑って答えた。

「昔、とても太っていたんです。周りからは“デブリエル”なんてあだ名をつけられて……開き直って、自分でも使うようになったんですよ」

「……ですが、今はとてもスリムに見えますが?」

「ジストリアに来る前、サマリエルでも恋文代行をしていたんです。でもあるとき、失恋した貴族令嬢に逆恨みされて、営業妨害を受けてしまって……」

「なるほど……」

「食事にも困るほどで、その時に痩せました。結果的に、ですけどね」

「では、今はもう“ふくよか”ではないのに、屋号は変えないのですか?」

「ええ。見た目なんて関係ない、恋は中身です。
 容姿に自信のない人が、少しでも安心して来られるような——そんな看板でありたいんです」

アデルは静かに頷き、次の質問を投げかける。

「恋愛経験は豊富なのですか?」

「……いえ。初恋すらまだです」

「それで……?」

「本や詩で得た知識だけで、皆さんのお手伝いをしているだけです。
 失恋も知らない分、きっと、誰よりも“純粋”な言葉が書けると思うんです」

「なるほど。……では、なぜ恋文代行を?」

「恋って、誰かを想うことで人は変われるんです。
 蛹が蝶になるみたいに。そんな姿を見たとき、尊いなって思って……少しでも力になれたらって」

飾らない言葉。
聞かれたことだけに答え、相手の身辺には一切触れない。
普通の女性なら、“あなたは?”と質問を返す場面——
そこをスルーするのも、アリスティアの“技”だった。

取材は穏やかに終わり、アデルは丁寧に頭を下げて帰っていった。

* * *

数日後。

扉をノックする音に、リエルは内心で小さく笑った。

(……やっぱり来た)

この数日間、“たまたま”を装って、素顔のリエルを“見せる準備”を整えていた。
今日はあえて、眼鏡を外し、髪を下ろし、白シャツとブルーのスカートというラフな服装。
そう、“計算された偶然”。

扉を開けずに、尋ねる。

「ど、どちら様ですか……?」

「先日、取材させていただいたアデルです。記事が出来ましたので……確認をお願いに」

「……え、ちょっと待ってください」

ドアを開けると、アデルは一瞬、驚き言葉を失ったように見えた。

「すみません、今日はお休みで。こんな格好で……恥ずかしいですけど……」

頬を染めて、少しだけ視線を逸らす。
アデルのまなざしが、リエルをじっと見つめている。

「……失礼しました。あまりに……美しかったので、人違いかと」

「……お上手ですね。でも、あまり見ないでくださいね。今日は素顔なので」

にこりと笑って、招き入れる。

「ちょっと片付けが行き届いてないかもですが、よろしければ中へどうぞ」

部屋はこぢんまりとした一人暮らし用の間取り。
小さなミニキッチンと、手入れの行き届いた観葉植物。
棚には本が並び、窓辺には小さな刺繍のフレームが飾られていた。

「どうぞ、こちらへ。ソファ、使ってくださいね。……あんまり見ないでくださいってば、恥ずかしいので」

紅茶を淹れ、焼きたてのクッキーを添えて差し出す。

「市販のクッキーには敵いませんが……一応、手作りです」

アデルは静かに手を伸ばし、カップを取った。

——視線が、何度もリエルに戻る。
そのまなざしには、明らかに先日とは違う温度があった。

部屋の柔らかな空気と、素顔のリエル。
彼の中で、何かが静かに崩れ、動き出していた。

(……ギャップ、成功)

リエルは内心で小さくガッツポーズを決めながら、優しい笑顔を浮かべた。

物語の幕は、まだ下りていない。
けれど、一人の男の心に、風が吹いたのは確かだった。
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