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第5話 恋文と火種のあいだにて
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任務が終わって、ようやくの休息——とはいかなかった。
アリスティアは、わずか一週間の“お姫様扱い”を経て、再び会議室へ呼び出された。
壁際に並ぶのは、いつもの面々。
隠密部隊統括カイザル、部隊長カイン、そして副官のジルベル。
彼らの表情が、やけに硬い。
その理由は、すぐに明かされた。
「アリスティア……次の任務だが、目的地は“ジストリア”になる」
カイザルが、声を絞り出すように告げた。
「……ジストリア?」
思わず眉が動く。
隣国——そして、現段階では名指しできないが、ガニエルの密輸に関与していた可能性がある国。
その上、サマリエルと敵対関係に陥る危険性すら孕んでいる。
「……我が国の内乱を煽り、混乱した隙に軍事侵攻を仕掛ける計画があったのでは、という疑いがある」
「つまり……火種を巻いたのは“あちら”の可能性がある、ということですね」
「……ああ」
敵地への潜入。
正面からの戦ではなく、情報戦。
しかし、それでも命のやり取りになることに変わりはない。
カイザルは、しばし沈黙したあと、苦渋に満ちた表情で呟いた。
「……すまない。危険な仕事になる。だが、今はアリスティアにしか頼めない」
アリスティアは真っ直ぐ顔を上げた。
「カイザル統括。任務、承知いたします。全力で遂行いたします」
その目に宿ったのは、覚悟と——少しの、燃えるような熱意。
* * *
任務の舞台はジストリア。
潜入方法と設定は、アリスティア自身に任された。
「やるなら、徹底的にやってやる」
まず考えたのは、相手に“信用させる理由”を作ること。
正面から政治の話に切り込むような女では、誰も口を開いてくれない。
ならば——こちらから“口を開かせたくなる存在”になればいい。
「……恋文代行屋、再起動かしらね」
その名も、“デブリエルの恋文代行屋”。
リエルは、かつて脚本家ライラが使っていた偽名だ。
そして“デブリエル”は——まあ、あの頃の体型にちなんだあだ名である。
「名前でハードルを下げて、でも文章は評判は良かったからいけるはず。……後は意外性で会話の糸口を得て、信頼を重ね、会話の中から情報を引き出す」
王都で使っていた戦術を、少しブラッシュアップして持ち込む。
恋文を頼むのは、ほとんどが貴族達。
——そこに潜り込めば、中央の情報も自然と耳に入ってくる。
そして今——
会議室の中心に立ったアリスティアは、凛とした声で宣言した。
「アリスティアです。今回の任務にあたり——
地味で真面目な平民の女の子『リエル』として、新天地を求め職探しに来たという設定で潜入いたします。
職が見つからず、恋文代行屋“デブリエル”を開業し、貴族との接触を図ります。
信頼関係を築いた後、情報が取れそうな相手がいれば、必要に応じて“恋人関係”への移行も検討します。その下準備として、地味を装い、ギャップ萌えで恋人関係に持ち込みます。
……お色気作戦の可能性も、視野に入れてますので、閨事も致し方ないとご承知ください」
会議室が凍った。
特に、父と兄は。
カイザルとカインは同時に目を見開き、その場で固まっている。
ジルベル副官が「コホン」と小さく咳払いし、場の空気を変えようと試みるも——無駄だった。
カイザルが震える声で絞り出す。
「……アリスティア、それは……本気で言っているのか……?」
「はい。任務ですから。相手に入り込むには、それなりの手段が必要になるかと」
そう言うと、この世の終わりの様な絶望を顔に浮かべた。
「恋人関係とか……そ、それって経験ゼロだろ?……そっち方面は、大丈夫なのか……?」
ジルベルが、若干困惑気味に切り込んでくる。
アリスティアは冷静に返した。
「多分……大丈夫です。心配なのは、むしろ“閨”の件ですが」
その瞬間、カイザルとカインが同時に叫んだ。
「「絶対に許可できん!!」」
アリスティアは肩をすくめ、ジゼルに目配せする。
「ねえ、ジルベル様。万が一……必要な場合って、ありますよね?」
ジゼルは視線を泳がせ、目を逸らした。
「…………(無言)」
カインは立ち上がり、机を叩いた。
「ギャップ萌えも、恋人も禁止だ! 閨なんてもってのほかだ!」
「分かりました……極力、その手段は取らないように致します」
「“極力”じゃない。“絶対”だ!」
「(無理だと思うけど……)了解しました」
アリスティアは心の中でため息をつきながら、にっこりと笑って頭を下げた。
* * *
後にカインは、「極力」の中に“例外”が含まれるとは思わなかった……と、深く後悔することになるのだが、それはまた別の話である。
任務は決まった。
あとは、“リエル”として、再び舞台に立つだけだ。
演者は、敵国の貴族たち。
脚本は、自分で書く。
台詞の行間には、嘘と真実と——恋文が挟まっている。
次の幕は、ジストリア。
物語はまだ、始まったばかりだ。
アリスティアは、わずか一週間の“お姫様扱い”を経て、再び会議室へ呼び出された。
壁際に並ぶのは、いつもの面々。
隠密部隊統括カイザル、部隊長カイン、そして副官のジルベル。
彼らの表情が、やけに硬い。
その理由は、すぐに明かされた。
「アリスティア……次の任務だが、目的地は“ジストリア”になる」
カイザルが、声を絞り出すように告げた。
「……ジストリア?」
思わず眉が動く。
隣国——そして、現段階では名指しできないが、ガニエルの密輸に関与していた可能性がある国。
その上、サマリエルと敵対関係に陥る危険性すら孕んでいる。
「……我が国の内乱を煽り、混乱した隙に軍事侵攻を仕掛ける計画があったのでは、という疑いがある」
「つまり……火種を巻いたのは“あちら”の可能性がある、ということですね」
「……ああ」
敵地への潜入。
正面からの戦ではなく、情報戦。
しかし、それでも命のやり取りになることに変わりはない。
カイザルは、しばし沈黙したあと、苦渋に満ちた表情で呟いた。
「……すまない。危険な仕事になる。だが、今はアリスティアにしか頼めない」
アリスティアは真っ直ぐ顔を上げた。
「カイザル統括。任務、承知いたします。全力で遂行いたします」
その目に宿ったのは、覚悟と——少しの、燃えるような熱意。
* * *
任務の舞台はジストリア。
潜入方法と設定は、アリスティア自身に任された。
「やるなら、徹底的にやってやる」
まず考えたのは、相手に“信用させる理由”を作ること。
正面から政治の話に切り込むような女では、誰も口を開いてくれない。
ならば——こちらから“口を開かせたくなる存在”になればいい。
「……恋文代行屋、再起動かしらね」
その名も、“デブリエルの恋文代行屋”。
リエルは、かつて脚本家ライラが使っていた偽名だ。
そして“デブリエル”は——まあ、あの頃の体型にちなんだあだ名である。
「名前でハードルを下げて、でも文章は評判は良かったからいけるはず。……後は意外性で会話の糸口を得て、信頼を重ね、会話の中から情報を引き出す」
王都で使っていた戦術を、少しブラッシュアップして持ち込む。
恋文を頼むのは、ほとんどが貴族達。
——そこに潜り込めば、中央の情報も自然と耳に入ってくる。
そして今——
会議室の中心に立ったアリスティアは、凛とした声で宣言した。
「アリスティアです。今回の任務にあたり——
地味で真面目な平民の女の子『リエル』として、新天地を求め職探しに来たという設定で潜入いたします。
職が見つからず、恋文代行屋“デブリエル”を開業し、貴族との接触を図ります。
信頼関係を築いた後、情報が取れそうな相手がいれば、必要に応じて“恋人関係”への移行も検討します。その下準備として、地味を装い、ギャップ萌えで恋人関係に持ち込みます。
……お色気作戦の可能性も、視野に入れてますので、閨事も致し方ないとご承知ください」
会議室が凍った。
特に、父と兄は。
カイザルとカインは同時に目を見開き、その場で固まっている。
ジルベル副官が「コホン」と小さく咳払いし、場の空気を変えようと試みるも——無駄だった。
カイザルが震える声で絞り出す。
「……アリスティア、それは……本気で言っているのか……?」
「はい。任務ですから。相手に入り込むには、それなりの手段が必要になるかと」
そう言うと、この世の終わりの様な絶望を顔に浮かべた。
「恋人関係とか……そ、それって経験ゼロだろ?……そっち方面は、大丈夫なのか……?」
ジルベルが、若干困惑気味に切り込んでくる。
アリスティアは冷静に返した。
「多分……大丈夫です。心配なのは、むしろ“閨”の件ですが」
その瞬間、カイザルとカインが同時に叫んだ。
「「絶対に許可できん!!」」
アリスティアは肩をすくめ、ジゼルに目配せする。
「ねえ、ジルベル様。万が一……必要な場合って、ありますよね?」
ジゼルは視線を泳がせ、目を逸らした。
「…………(無言)」
カインは立ち上がり、机を叩いた。
「ギャップ萌えも、恋人も禁止だ! 閨なんてもってのほかだ!」
「分かりました……極力、その手段は取らないように致します」
「“極力”じゃない。“絶対”だ!」
「(無理だと思うけど……)了解しました」
アリスティアは心の中でため息をつきながら、にっこりと笑って頭を下げた。
* * *
後にカインは、「極力」の中に“例外”が含まれるとは思わなかった……と、深く後悔することになるのだが、それはまた別の話である。
任務は決まった。
あとは、“リエル”として、再び舞台に立つだけだ。
演者は、敵国の貴族たち。
脚本は、自分で書く。
台詞の行間には、嘘と真実と——恋文が挟まっている。
次の幕は、ジストリア。
物語はまだ、始まったばかりだ。
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